雫 稲川淳二つぶやき怪談第3回 パート2 | Happy-Gate

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半径5mのライフログです。

そんなある日、会社の創業25周年の祝賀会があった。瀬戸さんも管理職のひとりですから、壇上に上がって列席者に挨拶をしました。
 式が一通り終わると、飲み会になって、酒やビールを飲みながら、あっちこっちでお喋りが始まった。
 と、近くで多少酔いが回った古株の女子社員が、若い女の子を集めて、大きな声で話してるのが耳に入ってきた。
『そうよ!5年前の祝賀会でさぁ~、経理の女の子がね、帰りに自分のマンションの近くで男に刺し殺されてねぇ~、
それも、首を深-く刺されてね、頭がちぎれそうだったって言うのよねぇ~』って話をしている。
(ん?その話って、女房の言ってたのと同じ話かなぁ。だとすると死んだ女っていうのは、ウチの会社の女子社員だったのかぁ)
と思った。
 飲み会が終わって祝賀会がお開きになると、瀬戸さんが単身赴任だってことはみんな知ってますから、二次会に誘われた。
 で、結局、次から次へと付き合わされてしまって、やっと解放されたときにはもう夜中近くになっていた。
 酔いをさましながら、マンションに向かって歩いていると、静まり返った暗い夜道、
カコッカコッ
とハイヒールの靴音がして前方の闇の中を、女がひとり歩いてゆくのが見えた。
(仕事帰りだろうか?こんな遅い時刻に、女がたったひとりで歩いてるなんて、珍しいなー。何か事情でもあるのかな?)
などと思いをめぐらせながら、自分が歩いているその前を、女が歩いてく。瀬戸さんが、ちょうど彼女のあとを、
ついてゆくような格好になってるわけですよねぇ。
 だんだん、だんだんと、その距離が狭まってきた。
 この先には、自分のマンションがあるだけなんで、どうやら前を歩いてゆく彼女も、同じマンションの住人らしい。
(夜道で声を掛けたりしたら、むこうが驚くだろうから、マンションに着いたあたりで、追い付いて挨拶でもしてみるか)
と思った。
次第次第に距離が近づいてくると、
(ん?!)
 前を行く彼女が、コウモリ傘をさしている。
(雨も降ってないのに、なんで、傘さして歩いてんだろう----?変な女だなー----)
と思いながら、見るともなく、女の後ろ姿に視線を向けて、あとからついてゆくと、
(あれ?)
と思った。
 女の傘から、ポタッ ポタッ ポタッ ポタッ、雫が落ちている・・・・・・・
(えっ?!どうなってるんだ?なんで雫がたれてるんだろう?!)
と、不思議に思った。
 ま、こっちは酔ってますからね~、目の錯覚だろうかと後ろから近付いてゆきながら、よーく見ると・・・・・
(傘から雫が落ちてるんじゃない!傘の中から、ポタポタポタポタ落ちている!ええっっっあれなんだぁ?)
妙に思って、下を見ると、街灯の明かりに照らされた路面に、ポタッ ポタッ ポタッ ポタッ ポタッ ポタッと、
赤い雫の跡が続いている。
(---これ血じゃないか?!)
と思った途端、ブルッと体が震えた!
 と同時にフッと奥さんから聞いた話が頭をよぎった。
(ちょっとまてよ---)
今、自分の前を傘をさして歩いて行く女。
 その傘で、隠れて見えていない肩から上の状況が、フーッと浮かんできた。
 首を深々と刺され、今にもちぎれて落ちそうになっている頭。ザックリと開いた傷口から吹き出す、おびただしい鮮血が、
傘の内側を真っ赤に染めて、ポタポタとしたたり落ちている-----。
(おい、よせよぅ。じゃぁ今、自分の前を歩いてるこの女は、あの例の女なのか?ということは、こいつは殺された女の幽霊なのか?!
生きてる女じゃないのか?どうしよう-----)
 ここまで来て今更戻れないし、他に行くあても無い。やがてマンションの前に来ると、女がピタッと足を止めたんで、
瀬戸さんも立ち止った。
 女がゆっくりと振り向いてきた。
(こうなったら、女の横を走ってすり抜けて、マンションに飛び込もうか、それとも、女を先に行かせてから)
などと思ったんですが、だんだんと、女が体の向きをこっちに向けてくるんで、どうする事もできずに自分は固まったまま、
ただ黙ーって、そこに立っているしかない。
 常夜灯の明かりに照らされた笠の下から、長い黒髪がのぞいて、やがて服の胸から肩にかけて、真っ赤な血に染まってるのが見えた。
呆然と立ちすくんでいると、女が静かに傘を持ち上げた。
 その途端!!
(う゛あああぁぁぁ!)
咽の奥で声にならない悲鳴を上げて、瀬戸さんが、女の脇を走り抜けた。
 その時、後ろから女の声がしたような気がした。
 タントンタントンタントンタントン
 ハァ-ハァ-ハァ-
 一階からそのまま一気に階段を駆け上がっていった。
 トントントントントン  
 靴音がコンクリートの壁に反響している。二階に上がると、通路を走って自宅のドアの前まで来た。
 ポケットの鍵を探すのがまどろっこしい。慌てているんで、鍵穴に鍵がなかなか差し込めない。で、どうにか入って、鍵が開くと、
ノブを掴んで、グゥンと回して急いで引いて、玄関に飛び込むと扉をドーンと閉めた。
 明かりをつけて、鍵を掛けて、ふーっと深い息をついた。まだ呼吸が荒い。心臓がドックン、ドックン鳴っている。
(あーあぁ、あーまいった。嫌なもん見ちゃったなぁ---。いや、もう寝ちゃおう!寝ちゃえばなんにも恐くなんかない。
明日になれば、すべて終わってんだから。もう寝よう)
 部屋に入って蒲団をひくと、上着を脱いで、そのまま蒲団にドスーンとしりもちをついた。
 しばらくの間があって、気が付けば、酔いもすっかりさめてしまって頭がスッキリとしてきた。
 多少、落着きを取り戻すと、今度は、別の事が頭に浮かんできた。
 それは、夜寝ていて時々部屋の中を這いずり回ってるような人の気配を感じることがあるのと、
女のうめき声のようなものを聞いたことがある事。自分では、何かの音が、そう聞こえるんだろう、と思っていたんですが、
それと玄関のドアの前までずーっと続いていたあの雫の跡が思い出され
(もしや、例の姉妹が住んでいた部屋っていうのは、この部屋じゃないだろうか!?)
と思った。
 でも、すぐに打ち消した。
(いや、そんなことはない。そりゃあ違うさ!)
と自分に思い込ませようとしたんですが、でも、そう思えば辻褄が合うんで、急に怖くなってきた。
(おい、勘弁してくれよ)
と思いながら、思わず玄関に視線がいった。
(あれ?なんかおかしい・・・あれっ?!ない!ドアに貼ったあのお札がなくなってる。えっ?どうしたんだろう?)
 もしかすると、奥さんが玄関を掃除していて、何かのはずみで、お札が落ちたのを、気づかないで、掃いて捨てちゃたのかもしれない。
 それはありうるわけだ。
(どうしよう、、、、お札がない。女の幽霊は近くまではきてるだろうし----)
 今にも、通路からハイヒールの靴音が近づいてきて、玄関のドアが突然、開くんじゃないだろうか?
今、外へ飛び出していったら、通路を這いずってくる、血塗れの幽霊と出くわしてしまう。
(どうしよう、逃げ場がない・・・)
で、咄嗟に掛け蒲団を頭からかぶると、そのまま横になった。
 うつ伏せの恰好で掛け蒲団をかぶって、で、枕に顔を隠すようにうずめて、掛け蒲団と枕の間の隙間から、
目だけ出してジーッと玄関を覗いた。
(もしかすると、女の幽霊は、もう玄関のドアの向こう側に立っているかもしれない。今にも玄関が開くかもしれない---)
こめかみを冷汗がつたっていく。
 体中が総毛立って硬直している。耳をそばだてて気配をうかがう。
 辺りはただシーンとして静寂につつまれている。ハイヒールの音も聞こえてこない。聞こえてこない。全く何も聞こえてこない。
 次の瞬間にでも、ドアが開くんじゃないだろうかと、恐怖をこらえてジーッと見詰めているんですが開く様子がない。
(----開かない。ドアが開かない----)
 噴き出した汗で、全身がジットリと濡れてる。枕をつかむ指先が、かすかに震えている。
 ハァハァハァ
 蒲団の中で、自分の息遣いだけが聞こえる。
 時間が経っていく。でも一向に靴音もしなければ、ドアが開くような様子もない。
(----開かない。開かない???----)
 そうするうちに、
(やっぱり部屋が違うんだ。この部屋じゃなかったんだ。他の部屋だったんだ)
そう思うようになった。
(そうだよ!もうこないんだよ~。なんだ、そうだ、もうこないんだ~。あーよかった助かった。
ハァ~↓↓そうだよ、ここじゃないんだよ!ハァアー、ハー、あ~バカ見ちゃったな~)
 長い時間、同じ格好で、じっとうつぶせていたんで、寝返りをうとうと、頭の向きを変えようとしたその時、、、、
掛け蒲団と枕のわずかな隙間から、血に染まった、女の逆さの顔が、ぐぐぐぐーーーっと、のぞき込んできたんです!
(ウワァァァァーッ!!!!)
女の幽霊は、とっくに部屋の中にいたんですねぇ。