わかってない | Happy-Gate

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半径5mのライフログです。

 相変わらずライムスター宇多丸(ハゲ)が、ラジオで中二病的な、レベルの低い自称映画評論をしていた。

 今回の映画は、GOEMON
 
 この映画は観てないので、どうでも良いのだけど、何が相変わらずかと言えば、ハゲは批評という割に、作品について語ってないという点だ。

 作品の悪口ならともかく、監督の悪口に終始。
 そういう話は本人に向かって言いなよ。卑怯者!

 悪口を言っていれば批評だと思っている、この人が自称評論の中で監督に向けて言っていた幼稚さを感じずにはいられない。


 映画批評の大家だった淀川長治氏は、決して評論で貶さなかったという。

 凡庸なモノの中に、本質を見極め、または無意味なモノに解釈を与えるのが批評家というもの。

 ハゲのはただの感想。しかも、思い込みの激しい感じ。
 
 だいたい映画作品と制作者の人格とはまったく論理的に何のつながりもないのに、監督の人格攻撃までしているのはおかしいよね。

 マンガや小説、音楽ならクリエーターの主義主張が、作品に現れるのかも知れないが、映画は集団芸術なのだから、監督一人だけの個性だけが反映されるわけが無いじゃない。

 まして、アニメならともかく、実写映画では役者という別の人格を持った人間に、演技してもらうわけだから、作品の中での違和感は演者の力量なんじゃないの?

 脚本についても、批判していたが、当然、台本を入手して見たんでしょうね。
 映画、特に実写映画では、役者という肉体を使って演技するので、脚本通りにはなっていない部分もある。
 撮影当日の体調、精神状態、演者の運動能力、語学力等々、台本通りにはうまくいかない。
 またスケジュールの都合上、やむなくカットした部分もある。
 さらに編集の都合、公開条件の都合上、せっかく取ったシーンもばっさり切ることもしょっちゅう。
 だから、脚本通りに映画は作られないことの方が多い。
 さらに、テーマを作品の中で語ってはいけないと、ハゲはもっともらしく語っていたが、その理由は?
 
 あくまでハゲ流の作品を作る上でのテクニックじゃん、それは。

 第一、さんざん馬鹿にしていたけど、特に商業映画には観客の年齢、性別などなど、かなり細かいマーケット戦略があるわけで、端からハゲなんか相手にしてないんだよ。

 その映画を観て、つまらなかったと思ったら、それはその映画が自分を観客と想定していないだけのこと。
 まして、いい映画、悪い映画なんてないのよ。