宮部みゆき原作で、WOWOWのドラマWでドラマ化した作品。
好評だったので、劇場公開された。
好評だったので、劇場公開された。
宮部作品としては、『理由』も同じでしたね。
さて、原作は、1989年から始まった短編連作である。
それぞれの登場人物の"財布"の視点で、群像劇が進行し、そして、それらが一つになった時に、ミステリーが明かされるという仕掛けがある。
宮部の最高傑作『火車』と同じ年に単行本化されている。
そういう意味では、この作品は、宮部作品のプロトタイプだ。
そういう意味では、この作品は、宮部作品のプロトタイプだ。
その後の作品の土台となるようなエッセンスが混じっている。
お金にまつわる話だったり、虚栄心だったり、サイコだったり、マスコミだったり。
お金にまつわる話だったり、虚栄心だったり、サイコだったり、マスコミだったり。
その後、お金にまつわる話は、火車、理由へと連なり、虚栄心やサイコの話は、模倣犯、楽園へと続いたのでしょう。
映画版では、原作と同じように、いくつものエピソードが、それぞれ異なる主人公で繰り広げられ、それがラストへとつながっていく。
物語の種明かしは、ラストよりも前に示される、松本清張の砂の器のパターンだ。
2時間ドラマのような爽快感こそないが、ジーンと心にしみこむラストの長塚京三のセリフは、いいんじゃないですかね。
映像自体も、全体的に抑えめであり、派手な展開はない。
だから、一見退屈そうであるが、一つの章が短いので物語に引き込まれていく。
だから、一見退屈そうであるが、一つの章が短いので物語に引き込まれていく。
ただ、ショートストーリーだからか、小説では成立したような登場人物の内面を、うまく表現できてはいなかった。
特に、平山あやと佐藤めぐみの女の子の友情と嫉妬の話。
佐藤めぐみが、なぜあそこまで切れるのか訳が分からない。
あれでは佐藤めぐみがサイコじゃないか?
佐藤めぐみが、なぜあそこまで切れるのか訳が分からない。
あれでは佐藤めぐみがサイコじゃないか?
大森南朋と谷村美月のシーンも何だか浮いていた気がする。
原作を読まないと。