小さい頃から9月1日は、特別な日だった。
それは長く、それなりに楽しんだ夏休みが終わり、再び日常が戻る最初の日であり、東京では珍しい避難訓練の一環で集団下校がある日だからだ。
大正の昔、関東地区を襲った大地震。首都が一瞬にして、壊滅状態になった。
死んだ祖母から、いつも聞かされていたので、それはとてもリアルな恐怖として、僕の遺伝子レベルでインプットされた明白な現在の危機なのだ。
それは、祖母がまだ子供の頃の話だ。彼女はそのとき、美容室で髪を切って貰っていたという。突然の大きな揺れ。急いで家に戻った祖母は、家族や近所の人たちと一緒に、皇居のほうへ逃げたという。その時、幼い少女の目には、街のあまりの変化に、現実感がなかったそうだ。
特に困ったのは水だったという。
だから、我が家ではお風呂の水は張りっぱなしにしているし、寝る前に薬缶とポットには水を満タンにしておくのが、習慣となっている。
現代は水は何とかなるかも知れないが、問題はトイレということになるのか。
男性なら、小の方はその辺で済ませられるかも知れないが、女性だとそうもいくまい。
実際、新潟の中越地震では、トイレに行くのが嫌で水を呑むのを我慢して、その結果、血中の水分がヘリ、卒中を起こして死んでしまった人が大勢出てしまった。
サバイバルの知恵が必要になるのだ。
水や食料、その他サバイバルに必要な道具を、そろえておかないといけないかも知れない。
祖母が生きていたときは、常に、祖母が用意していたが、戦後世代だけのファミリーになってしまった今、家族の誰も、そう言う準備はできていない。
関東大震災は、いつ起きてもおかしくないと、小学生の頃から大人になった今まで、ずっと言われ続けている。そして、昨今の報道のありようから、その日は、カウントダウンを始めたのだと思う。
10年前の阪神大震災での光景が、今度は、自分たちの前に現れる。そのとき、自分たちは生き抜けるのか?その覚悟を強くしなければ。そんなことを考えた一日だった。