東野圭吾の直木賞受賞作。
湯川シリーズの一編。
実に東野圭吾らしい作品だ。だから、あまり好きになれない。嫌いじゃないけど。
東野圭吾の作品は、『天空の蜂』というクライシスサスペンスしか読んだことがなかったのだけど、作者の気合いが空回りしたような作品で、どうもファンにはなれなかった。
今回、直木賞を受賞したと言うことで、読んでみることにしました。
なんと言っても、ミステリーでは取りにくいと言われる直木賞で、ミステリー作品で受賞ですからね。
この作品、テンポと言い、ボリュームといい、確かにいい塩梅で、ミステリーとしても秀作だとは思うんだけど、どうしても直木賞受賞作とは思えないくらい、薄っぺらな気がする。
何だか2時間ドラマのサスペンスみたい。
トリックとかは凝っていて、本当に面白いんだけどね。だけど、東野さんの一連のミステリー作品----とはいっても、映像化された作品ですが----と同じ様にしか思えなかったんだな。
犯人が、真犯人をかばって嘘の証言をするっていうのも、愛する誰かのために犯罪をしてしまうというのも、犯罪者がとても理知的で、論理的にトリックを練り上げているのも、東野圭吾ミステリーのパターンだよね。
作者が理系人間だからなのかも知れないけど、現象に関しては、丁寧に書かれているんだけど、人間の内面的な部分は、紋切り型のようだし、下手するととってつけたような感じの、違和感を感じる。
この作品に戻ってみると、真犯人が、人殺しだというのに、脳天気だと言うこと。いくら何でも、人殺して平静ではいられないんじゃないの?
もっと、精神的に追いつめられていっても良いと思う。なんせ、この作品はタイトル通り『容疑者χ』側から描いた作品なんだから。
人を殺す覚悟や、感情、そう言うモノが欠けていて、ただ機械的に人を殺している。動機無きミステリーと福田和也なら言うだろう、いかにも現代ミステリーだ。
シリーズものだし、固定ファンというものがついている作品なので、お約束の展開は必要なんだろうけど。
読み終えてまず思ったのは、シリーズを読んでみたいということ。
他の作品はどんな感じなのだろうか?この作品との違いを知りたいと思った。
その上で、何がこの作品を直木賞受賞作にさせたのか、知りたいと思った。
それにしても、高村薫を読んだあとだったからか、あっさりと読めてしまった。
だから、物足りなく感じてしまったのかな?