カナダのモントリオールに着くと、モントリオールはトロントと違い、みんながフランス語を喋っていて、なんだかイメージと違っていた!ホテルに着くと、unruly 御一行がいた!ポップカーンも俺が本当に来ると思っていなかったみたいで、行くとめちゃくちゃ驚いていた。





そして、みんなと一緒に会場に行くと、かなり大きなべニューで、しかも今回はバンドであった。ラフカットバンドをジャマイカから連れてきていて、前回のカナダツアーよりも大規模なものだと感じた!


ショーが始まる。その前に俺たちは楽屋に行き、いつもショーの前にポップカーンがやることなのだが、部屋にunruly のファミリーみんなで入り、円陣を組み黙祷をする。

まるでサッカーの試合前みたいな感じだ。そして、ポップカーンがお決まりの呪文みたいなものを、言ってショーに向かう。

これをやらないとダメだと言っていた。ジャマイカ人はスピリチュアルな人種なのだ。



ペトロ「ショー前は、ガンジャ吸うなよ。ボスだって、ショー前はあんまり吸わないからな。」


みんなプロというのはメリハリがしっかりしている。ダラシないのがラガではないのだ。ビシッと決めるやつがラガなんだ。


いよいよショーが始まった!





今回は、同じunruly crewのJA FRASS や QUADAもいた。この一年でunrulyのアーティスト達も着実に成功に向かっていた。


彼等も初の海外らしく、カナダのビルの高さにビックリしていた。でも、街中でずっとフリースタイルをしていて、ヤード(ジャマイカ)みたいな感じで面白かった。


そして、ジャマイカの変なプレッシャーも無いからみんな優しめである。こんな感じでジャマイカでも居てくれたら、色々とスムーズに行くのにと思った。





ペトロ

『今日はぶちかませや。お前のvibesをカナダの奴らにかませ。』


popcaanがステージに立つと会場が最大に盛り上がっていた。


今回はruff cut bandなので、気合いが入っていた。ja FRASSやQUADAが呼ばれ、会場を盛り上げていた。いよいよ俺の番だ。


自分がリリースしたbreak through riddimmをruff cut bandが演奏し始めた。行くならココだろう。


ポピーの呼ぶタイミングもこの何年かで分かってきた。


ポピー 『日本のunrulyを紹介するぜ、yo  trigafinga ココにいる女達に日本語でまずは言ってやれよ』




俺が日本語でMCをすると、会場は盛り上がった。更にdeejayをすると盛り上がりまくった。


バンドで、しかも自分の始めて来た土地で、盛り上げる。こんな経験は音楽をしていないと出来ないことである。



そして、色々な人がショーの後にリンクしてきて、ポピーもunrulyのみんなも上がってくれた。


ペトロ『本格的にこれでお前もunrulyやな。これから世界に向けてカマスぞ!』


彼等はいつでもvibes全開なのだが、計画性がない。それは自分にも言えることだったが。


ショーの後、俺たちはOVOファミリーが用意する打ち上げ会場にいった。drakeは居なかったが、OVOの人達が高級な酒とWEEDを用意してプールサイドで女の子達と盛り上がっていた。

よくHIPHOPのビデオでみる光景だった。


こういう時、ジャマイカ人は明るく積極的に交流すると思いきや、自分の仲間たちだけで固まり、内弁慶を発揮していた。


ある意味、島国根性だ。彼等はプライドが無駄に高いので、こういう時は謎に無口になり、人見知りになる。江戸っ子のオヤジみたいだ。


OVOマークという、drakeのバックセレクターが以前に俺の曲をインスタに上げたのだが、その張本人が話しかけてきた。


OVOマーク

『 trigafingaの曲は、プレイリストに入ってます。やっと会えましたね。』


同じ黒人でこんなに違うのかと、ビックリするくらい丁寧に話してくれた。UNRULYの奴とは違う。


その時俺には色んなチャンスが来ていた。


カナダに来る前にボイラールームという海外のメディアが、ポピーのリリースパーティーをしたときに、自分も出たのだが、それを見たアメリカのプロデューサーからriddimが送られてきたり、日本の某有名hip hop アーティストから曲をやろうと言われてスタジオに入ったり、とにかくチャンスがカナリ来ていた。


埼玉県で生まれ、コネも何もなく、英語も話せなかったような奴が、初めて歌った時に、鬼ブーイングされてたような奴が、先輩達に辞めた方が良いと言われてたような奴が、カマスことに夢がある。


音楽の可能性は、無限大。


今何かに夢中になってる人が居たらブレずに、金なんか二の次でいいし、周りの雑音はシカトで頑張って突っ走って欲しい。チャンスが目の前にあるなら、全力で取りに行って欲しい。この生きている時間というのは有限だ。



しかし、俺はブレていたのだろう。


日本に帰り、金を稼ぐことのが重要になってしまい、ガンジャを吸いまくって、1日を終えるという、クズみたいな生活に堕落していた。


謎にハイプを欲しがり、ライブに人が入らなければ、引退だの、適当なことを言って生きていた。ビッグマウスのクソになっていた。


今年はいけるっしょと、高を括っていた。


金も有ったし、ガンジャも沢山あると言う、かなりハイプした生活をしていた。


PVを撮りに沖縄に行った。


沖縄に着いた2日目に俺の電話が非通知で鳴る。

出ると男が話す。


『貴方のこと警察が探してますよ。愛車のティーダは乗っちゃダメですよ。』


心当たりが全く無かったので、ゾーッとした。イタズラ電話だと俺は流していたが、自分の乗ってる車種まで言い当てたので気持ちが悪かった。

 


その次の朝、事件が起きた。

カメラマンのマサノと撮影現場に車で向かう時、ガソリンスタンドで給油をしようと、車を止めた時に、7,8人の男達に囲まれる。


『もう分かるよな?とりあえず車から降りなさい。』


この日から、地獄の日々が始まることとなった。


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