日本刀で襲撃...って(笑)。
1984年06月18日 (昭59)
大分県津久見市の県立津久見高校で、4日前に退学した無職(18)が侵入し、野球部監督(25)に日本刀で斬りつけ両足に2ヶ月の重傷を負わせて殺人未遂で逮捕された。名門野球部の主力選手だったが、素行が悪く退部させられ退学した。「野球部に復帰できなくなったのはお前のせいだ」「俺たちは将棋の駒のように動かされていた」などと叫びながら、他の教師の眼の前での犯行。
小島監督ではなく、その後の田中監督さんでしょうか?襲撃を受けたのは。
この年の秋、津久見は県大会地区大会を勝ち抜いて翌年1985年センバツにでることとなっています。
なので、そう、その前年の話なんですね。
今じゃコンプラ的にアウトな感じですが。
このときのチームは1985年夏にも出て、KKのPLと結構いい試合してました。
ちなみにその1984年夏は準々決勝で敗退しています。
大分県 夏の予選 1984年(昭59年) 準々決勝以降の試合
優勝は別府商。
さて1985年にセンバツにでたチームだが、これが開幕戦で東洋大姫路と激突。
下馬評は圧倒的に東洋有利。
だが、津久見の主砲上島格は前年秋、17本のホームランを打っていた。
あと、2番の吉田は捕手。
これが今流行りの攻撃的な2番で、当時は画期的。
先を行ってた。
東洋大姫路も油断は禁物と、十二分に心得ていたはず。
さてさて、一方、東洋大姫路は優勝候補の一角。
前年秋の大会決勝でPLを完封したアンダースロー豊田が健在。
捕手から野球をスタートさせて、東洋大姫路には内野手で入学、上からも横からも下からも正確なスローイングをするサードに目をつけた監督が投手に抜擢したという。
これが花開いたのだ。
後にオリックス入りする。
オリックス(阪急)は伝統的にアンダースローが好きみたいだ(笑)。
上島と豊田。
この二人の対決は見ごたえあった。
兎にも角にも、優勝候補が初日に消えるという大番狂わせだが、でも津久見は九州大会準決勝敗退ながら、相当底力のあるチームだったと思う。
鹿児島商工、東海大五に次ぐ三番目に選抜されてはいたがね。
ちなみにあと一校は東筑。
地域性は問われなかったんだね、この年は。
夏に桑田と対決した上島は苦もなくひねられていた。
役者は、少し違ったんだろうか?





