イギリスがインドで植民地反乱を鎮圧するために用いた銃弾に、カルカッタ郊外ダムダム地区の兵工廠で製造していたダムダム弾がある。
普通,銃弾頭は,鉛の芯を銅またはニッケルで包んであるため,動物や人間に当ると貫通するが,ダムダム弾は被銅の先端を取除き,かつ被銅を薄くしてあるので,命中すると柔らかい鉛が潰れて,傘のように広がる盲管銃創となり,とんでもないダメージを与えることが可能になる。
残虐であるという理由で,1899年のハーグ平和会議で使用が禁じられた。
これを「ダムダム弾禁止宣言」または「ダムダム弾の禁止に関するハーグ宣言」という。
正式名称「外包硬固なる弾丸にして其の外包中心の全部を蓋包せず若は其の外包に截刻を施したるものの如き人体内に入て容易に開展し又は扁平と為るべき弾丸の使用を各自に禁止する宣言書」(Déclaration concernant l'interdiction de l'emploi de balles qui s'épanouissent ou s'aplatissent facilement dans le corps humain)。
で、宣言の骨子は
各国は、弾丸全体を強固な外皮で覆わず、人体命中時に容易に変形をする弾丸を用いないこと。
この宣言の効力は、締約国間での戦争において適用され、一方が非締約国である場合は、適用されないこと。
だそうだ。
日本においては、明治33年11月22日の勅令「外包硬固ナル弾丸ニシテ其ノ外包中心ノ全部ヲ蓋包セス若ハ其ノ外包ニ截刻ヲ施シタルモノノ如キ人体内ニ入テ容易ニ開展シ又ハ扁平ト為ルヘキ弾丸ノ使用ヲ各自ニ禁止スル宣言書」において批准・公布されているという。
このダムダム弾とよく似たものに「ホロ-ポイント弾」がある。
これは、柔らかい金属で出来た弾丸で、人体などの標的に着弾すると花のように広がり、殺傷力を増加させる。
今日、正規軍は人道的な理由からも、実務的な理由からもホローポイント弾を用いない。
この柔らかい弾は防弾ベストを貫通しないのだ。
しかし、各国の警察は使用している。
跳弾が起きないため人混みでの銃撃戦に向いている上、犯罪者の脚を撃つことで瞬間的に無力化できるためだ。
四国学院香川西という学校があり、近年注目されているが、実は上戸学園、その後の香川西高なのである。
夏四回、センバツ一回の甲子園経験もある。
埼玉・聖望にぼろ負けした試合のイメージが強い。
沿革
1946年 上戸洋裁研究所として、香川県三豊郡高瀬町比地中に発足する。
1951年 準学校法人上戸服装学園・三豊家政専門学校として開校する。
1954年 高瀬町下勝間に本館校舎を竣工する。
1959年 学校法人に組織変更を認可され、学校法人上戸学園となる。
1960年 学校法人上戸学園 上戸学園高等学校(普通科(女子))として開校する。
1961年 商業科・家政科を設置する。
1966年 衛生看護科を設置する。
1972年 普通科・商業科を男女共学とする。
1976年 衛生看護科に専攻科(2年課程)を設置する。
1979年 普通科に進学コースを設置する。
1982年 衛生看護専攻科を男女共学とする。家政科を募集停止とする。
1987年 学校法人上戸学園 香川西高等学校に校名を変更する。普通科に体育コースを設置する。
1991年 衛生看護科を男女共学とする。
1996年 学園創立50周年記念式典を挙行する。
2002年 普通科に特別進学コースを設置する。
2007年 学校法人「瀬戸内学院」に名称変更する。
2009年 四国学院大学と協力協定を締結する。
2011年 旧短期大学校舎に移転する。
2016年 四国学院大学香川西高等学校に校名を変更する。
2016年 創立70周年記念式典挙行する。
地元出身が一人もいない代もあったそうだ。
極端だな、香川の私立高校は。