たまにテレビなんかで、なんかの新人研修会とかのドキュメントを見ていて感心することもあるし、その逆に辟易することがある。
まるで新興宗教やなと。
よくああいう代物を公共電波に乗せて垂れ流すものだ。
やっている方も、流す側も、相当狂っているとしか思えない。
この国にはまだ旧態依然とした「精神で頑張れ、根性で乗り切れ、特攻精神で玉砕覚悟で行けば何とかなる」至上主義が蔓延しているのだ。
何とか、ならないと思う。
全くの無駄。
いくら非科学的な精神論が少なくなったとは言え、ただ国民の精神の奥深くで息を潜めているだけであり、時が来ればそれが突如、恐ろしい牙を剥いて来るのである。
恐ろしい限りで心底ぞっとする。
某外食チェーン店の新人研修のドキュメントなるものの動画を、昨夜見た。
えげつなくて、滑稽としかいえない。
正気の沙汰なのか?
イヤイヤ、これは大掛かりなヤラセ、もしくはコントなのだと思って割り切ることで最後まで見ることができた。
そのチェーン店の社長が銃撃されたらしい。
社員の恨み説が確実に世論を形成してきている気がして、それに対しても恐怖を感じている。
怨恨を抱かれていたことはほぼ間違いないだろう。
いや、銃殺を実際にしたものがではなく、常日頃、そういう人間もいたと思うということだ。
被害者に無関係なところで、あるいは全く身に覚えのない知らないところで、それは形成されていた可能性もある。
被害者の人柄の良さを繰り返し報道している反面、怨恨説を上手に持ち出してきて、その人柄の良さに潜むもう一面らしきものを、巧妙に報道もしている気がする。
褒め殺しというやつか。
マスコミの態度を読み解こうと目と心をこらして行くと、たまにものすごい事実や裏側を発見できるよとある人が教えてくれてから、できるだけそういう意識を持つように心がけている。
第一、鵜呑みなんてもうしたいとも思わない。
必ず報道には裏がある、モノには必ず表裏があるのと同じように。
そういう意味で、ちょっとこの報道に興味を持ち始めてきたところなのである。
基本的に、人柄が良くても悪くても、二重人格でもそうでなくても、バイトテロの反抗でも行きずりであっても、何でも良い。
まあしかし、上に立つ人間の宿命といえばそうなのかもしれない。
だが、やはりあってはならないことであり、痛ましい限りであることにも変わりはない。