「今夜誰のとなりで眠る」 (唯川恵 )は、一つのストーリーの中で、複数の登場人物がそれぞれの視点で語る物語が、時系列に準じて展開されてゆくという、もう非常に難解な代物だ。
登場人物の関連性というものを把握整理しながら読まなければいけないし、かなり脳が疲れる。
なので、一気に読むに限ると思い、一気読み。
これが正解だった。
読書には勢いも大事なのだ(笑)。
これは端折れば、「秋生」という男性が中心に居座る物語なのだが、そこにたくさんの女性が絡んでゆくのだ。
男性もたくさん登場する。
もう何がなんだかわからなくなりそうではあるが、それぞれがそれぞれの魅力を携えていて、活き活きとしている様子が伝わってくる。
なので飽きたり、混乱して頓挫することもない。
最後まで気分よく読むことができる。
非常に上手い作風、技法だなと感心した作品だ。
大昔のことであるが、まだ十代の頃、なんかの催しで苦手な歌を歌わなければいけなくなり非常に胃が痛い思いをしたことがある。
もう恥は書き捨てやと割り切って、勢いに任せて当時ヒットしていた松田聖子の「SWEET MEMORES」を、エレクトーンの弾き語りで歌った。
何がなんだかわからないうちに終わった。
これもまた、救いようがない黒歴史である(笑)。
その曲の出だしは今でも覚えているが「懐かしい痛みだわ」である。
この間から頻繁に、誰かのつながりだと思うが、Facebookで友達申請をおすすめされている人がいる。
あれはFacebook側が勝手に判断、選択して「おすすめ」してくるのだろうか。
あまりにも続くので、その人のプロフィールを何気なく見てしまったんだが、もうひと目で誰なのかが判別できてしまった。
もう何年前に交流があった人だろうか?
1994、5年頃だから二十年近く前になるんだなぁ。
その人の、今も変わらない笑顔を見て少し胸が痛かった。
これこそまさに「懐かしい痛み」って感じで。
幸せそうに微笑んでいる姿があの頃とまったく変わらないが故に、時間の流れを痛烈に感じたし、そしてなによりも有り余るほどの幸せそうな姿を見て、心から安堵した次第。
この安堵感というものは、常日頃あまり感じる類のそれではない。
心から..安堵したということなのか??
そうだよなぁ..心からだな。
ひとつ心に引っかかっていた棘が、ようやく抜けてくれたようだ。
ある意味、トラウマだったのかもしれない(笑)。
その人が「棘」だったのではなく、その人をうまく思いやったり、大事にできなかった「過ちまみれな自分の未熟さ」が「棘」だったのだろう。
大なり小なりな過ちを日々積み重ねながら、自分の人生はちまちまと、今も生き長らえている。
それはこれからも、来るべき一定の時期までは、決して消えることもなく、脈々と継続してゆく。
SNSを初めて久しいが、こんなに、こんなにも懐かしく、痛く、そして心から心地よくなれたのは、ほんとうに久しぶりだった。
メッセージでも出すべきか、否か。
悩みに悩んだけど、もうこのまんまの気分でいたいから、申し訳ない気もしたけど、このままでいたいから、さっとブラウザを閉じた。
こういういいことだって、ネットの中にはあるんだな。
捨てたものではないやん。
「ディン・ドン」のリマスター作業続きを。
ついでにシンセとエフェクターを掛けて音を大胆に変えたスレイベルをオーバーダブしてみた。
スレイベルは4トラックとパンニングを駆使して、真ん中から四隅に飛び散っていく感じを出してみた。
音で遊んでいる時には、3、4時間があっという間に過ぎ去ってゆく。
もったいないことをしているのだろか?
..そうは思わないようにしよう(笑)。
「まるで初夏のように透明な冬のone day」「Boy Meets Girl」「Expose for Me」「foreply all my Guilty」をOKmusicにアップロード終了。