先日来、飛行機事故の原因が、バードストライクではないかという話が、続けて

2件ありました。文字通り、鳥が飛行機にぶつかったという話ですね。

 

1件は、いや、バードストライクではなくミサイルの誤射によるものらしいとなり、

もう1件は、やはり、バードストライクのせいだろう、ということになりました。

 

ところで、このバードストライクという言葉、

いかにも飛行機の進路に鳥がいることが悪いような、言い方ですね。

でも、そもそも、この広い大空は、私達鳥類の安全で平和な世界だったのです。

まさか、地上に貼り付いて生きている人間が、

まさか、私達の空に侵入してくるなんて、想定外の大迷惑な話なのですよ。

それも、単独では飛べないものだから、あのような巨大な鉄の塊を作って、猛スピードで私たちの縄張りに飛び込んでくるのですからね、除けようったって除けられません。当然、私達は無残にも、木っ端微塵になり、無残な最期を遂げるのです。

 

だからね、私は言いたい!

あれはバードストライクではなく、私達にとっては、エアプレーンストライクだと!

 

以上、愛すべき鳥さん達に代わって、ケイケイ爺の本年初ぼやきでした。💦

 

今では、ほとんど使わなくなりましたが、

以前は、「数えで○○才、満で○○才」という言い方をしてましたね。

そして、還暦や古希などの祝いは、数え年でやったものでしょう。

 

数え年は、生まれた時を1歳として、最初の元旦が来たときに2歳になり、

その後も元旦が来るたびに歳を加えていく。

満年齢は、生まれた時は0歳として、誕生日が来るごとに1歳、2歳と数える。

 

これでいくと、私は、昨日の元旦で、数え年が、

なんと、なんと、77歳になったのであります!

ビックリ仰天です。

 

私が子供の頃、私の父方の祖父は、79歳で亡くなったのですが、

(数え年だったのか、満年齢だったのか、知りませんが、、)

その頃、「お爺さんは長生きだったね~。しかも老衰だから天寿を全うしたのだね」

と皆が言っていたのを覚えています。

 

79歳で「長生き」、しかも79歳で「老衰」。

今や「人生百年」などと言う時代になり、「老衰」などという言葉は、

ほとんど聞かれなくなりました。

たまに聞かれるとしても、90歳以上の人の場合でしょう。

90歳以上でも、多くの場合は、何かしらの病名がつけられてますからね。

 

いろいろ思いは巡りますが、子供の頃、

「爺ちゃんは79歳まで生きた長生きで、そして最後は老衰だったって。」と、

何の疑問も持たずに人にも言っていた私。

その私が、数えで77歳になったことに、ビックリ仰天したのです。

しかも、老衰どころか、今の所、体は元気いっぱいだし、心は未だ少年のままなのでであります。(^^;)

 

時代はまさに長寿時代に変わったのでしょうか。

それでも、70代で私と同年代の人の訃報が昨年は次々と報道されました。

70代というのは、いったい年寄りなのか、まだ若いのか、

ようわからん時代になりましたね。

 

昨日、数え年で77歳になったのだ、ということに気が付いて、

驚いたり、感慨を覚えたり、爺さんを思い出したりしながら、

過ごしておりました。

そして、私は、元気なことに感謝しながら、よし、今年も、

人様のお役に立てることを我が喜びとして仕事もし、

音楽も楽しみ、ユーモアも楽しみ、イヤなことはなるべく見ないようにして、

穏やかな心で生きて行こう、と思ったのでした。

 

以上、新年の決意、じゃないな、新年の思いでした。

 

本年もどうぞよろしく、御交誼のほど、お願い致します。

 

今日は、つい「座布団5枚!」と唸った話です。(笑)

 

知人から、小さなチョコレートをバラで三ついただきました。

それぞれ、縦3センチ、横5センチくらいの小さな包みに、

薄い板チョコがひとつ入ってるというものでした。

その一つの袋を破いて、チョコレートを口に入れ、

何気なくその袋に書いてある文字を見ると、

なんと、「たまには自分を甘やかそ。」と書いてあったのです。↓

 

 

これには思わず、膝を叩いて、

「うまい!、座布団5枚!」と唸りましたね~。

チョコ大好きの甘党の私に「たまには自分を甘やかそ」ですから、

私にとって、まさに大喜びの金言でした。

私が喜んでいる顔が、見えるでしょうか、(笑)

もっとも、私は、たまには、でなく、毎日、甘やかしてばかりおりますが、、(^^;)

 

三ついただいたうちの、あと2つにも、同様に一言、書いてありましたが、

「元気が出る魔法をかけておいたよ」と

「今日もよい一日を」というものでしたので、ま、何てことないものでした。

多分、一つ一つの包みに、何かしら、このような言葉が書いてあるのでしょう。

なかなか面白いアイデアですね。

 

チョコの袋に「たまには自分を甘やかそ」とは!

実にオシャレで、秀逸なユーモアだと思ったものですから、

あわててブログに書いたところです。

(夜中に何やってんでしょうね~、75の爺さんが、、💦)

おやすみなさい。

 

今日、夕刻成田着の便で、NZから孫娘が帰国しました。

1月以来11か月ぶりの帰国です。

先ほど、ジャンパーを着て、キャップをかぶった、元気そうな写真が

送ってきまして、大いに安心、大いに喜んでいるケイケイ爺です。

(爺バカですね~)(笑)

 

今晩は、迎えに行った父とともに、父方の祖父母の家に(千葉県にありまして)泊まって、

明日朝、こちらに帰って来るそうです。

(娘夫婦は私共のすぐ近くに住んでおりまして。)

 

以上、

いつもは、リリーの爺バカを発揮しておりますが、

今日ばかりは、孫娘の爺バカ全開で、ご報告しているケイケイであります。(^^;)

 

読んでいただき、ありがとうございます。

 

今晩の、素晴らしい満月、ご覧になりましたか。

当地では、雲一つない夜空に、見事な、神秘的な満月を見ることが出来ました。

 

私は、このような満月を見るたびに、いつも思いを馳せます。

今、私が見ているこの月を、まさしくこのお月さんを、

モーツアルトも、ベートーヴェンも、ナポレオンも、織田信長も、徳川家康も、

紫式部も、清少納言も、藤原の道長も、貫一・お宮も、皆、見たのだと。

それどころか、何百年前、何千年前、いや何万年前の人類も、すべての人類が、

この、まさしくこの同じ月を見たはずだと。

 

そして、皆それぞれに、いろんな感慨を覚えたことでしょう。

ベートーヴェンの体には、ムーンライト・ソナタが沸き上がって来て、

自然にピアノの鍵盤を叩いたのでしょう。素晴らしい!

画家は絵に描き、作家は物語を書き、酒呑みは酒の肴にしたのでしょう。

 

でも、ふと思ったのです。

何万年も前から、人間は、夜空のお月さんを眺めては、様々な思いをしてきたのだけれど、逆に、お月さんは何万年も前から、地上の人間たちの魑魅魍魎を、愚かな争いを、小賢しい知恵を、と同時にまた、人間の持つ深い愛を、美しい心を、優れた感性を、静かに、夜空からじっと見てきた、見守ってきたと言えるのではないか、と。

今日の、あの大きな満月は、夜空に優しい光を放って、私達を見守ってくれているのではないか、そんな思いがしたのでした。

 

お月さん、ありがとう、

そんな気持ちになりました。