はい、また1年前の今日の、自分の記事をリブログです。
でも、今日は自分の記事を今一度読んでいただきたいと言うより、むしろ、
そこに付いたpppさんのコメントを紹介したくて、リブログしました。
私が、1年前、「美しい」は「哀しい」のか、というタイトルで、
とても美しい情景を目にした時、
とても美しいメロディーに浸る時、
とても美しい言葉に出会った時、
私は、哀しみに包まれることがある。
たとえようもないほどの「美」に触れた時、
なぜか、涙さえ滲む、哀しみの陶酔の中にある。
きっと私は、
哀しみが好きなんだな。
という記事を書いていました。
それに対し、pppさんが、次のようなコメントを寄せて下さいました。
「儚さを感じるようになると、美しいものが哀しみを帯びてくるんじゃないですかね。
長崎の鐘じゃないですが、こよなく晴れた青空がいつからか切なく思えてくるようになりまし た。一種の喪失感みたいなものなのか、過ぎていった日々や思い出に対する望郷の念のようなものなのか。
若干の憂いというか、影というか哀しみというか、そういうものが含まれているから美しいのかもしれませんしね。」と。
私が「美しいもの」に感じていた「哀しさ」を見事に解き明かしてくれていると
改めて感銘を受けました。
私が「美しい」は「哀しい」のか、としたのに対し、
「憂い、哀しみが含まれているから、美しいのかも・・」と答えてくださった。
まさに、そうなのだと思いました。
というわけで、また、自分の記事をリブログしたという次第です。
ま、以前の記事を振り返ってみるのもいいものだと思いました。
近頃、振り返ってばかりですが、、。