最近、古い映画をDVDで観るのが楽しくて仕方がない。なんでもっと早くこの楽しさに気づかなかったのだろうと思うと、くやしくなる。


最近よく思うのだけれど、本や映画といったフィクションは現実逃避の手段でも退屈な現実を補完するためのものでもなく、現実の人生と相互に影響し合う触媒のようなものなのではないか。充実した生活を送る者ほどフィクションをより深く味わうことができるし、フィクションを楽しむ者はそこから得たエネルギーによって現実の生活を照らされる。少なくとも、一流のフィクション作品にはそのような力があるように思う。

何らかのかたちで冒険をすることで、はじめて人生は価値あるものになる。僕は個人的にそう信じているし、いかなる意味でも冒険しようとしない人間や創造物には、何の興味も持てない。念のためにいっておくが、RPGや少年マンガにあふれている擬似的な冒険ほど安全で、冒険から程遠いものはない。

最近、煮豆にはまっている。乾燥した大豆を買ってきて、一晩水に漬けて、じっくり煮る。食べておいしいのは言うまでもないが、水を吸い込んで少しずつ膨らんでいく豆を眺めるのも楽しいし、ぐつぐついい匂いをたてて煮える豆を見守るのも楽しい。


ばあさんか、おれは。しかし楽しいのだ。