トリック人生

トリック人生

トリックと推理小説と、落語好きです。


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学校の授業で、ただ教科書どおり教えるのではなく、もうひと工夫すれば「どこがどう面白いのか」「どう世の中の見方に役立つのか」を感じさせてくれたはずなのに、と思う事例がある。

推理小説趣味にからんで、折に触れて思い出すこと。

米国の作家、エドガー・アラン・ポオが19世紀半ばに文学の一ジャンルとして成立させた推理小説は、その後しばらく、コナン・ドイルを中心とした欧米の作家たちにお株を奪われた状態が続いた。そのさなか、米国のヴァン・ダインが1926年に発表した「ベンスン殺人事件」は、米国のファンから喝采をもって迎えられた。

これは文学史の教科書にはのっていないこと。ところが、この話を知ったとき、「文学史を知る」意味に気づくことができた。

ヴァン・ダインの作品は、推理小説の古典として重んじられてはいるが、一方で、衒学趣味がきつく、推理の本質から離れた無駄話に我慢してつきあわねばならない、そういう面がある。

それが、当時の歴史的背景を知った上で触れることで、作品そのものの見え方を超えて、愛おしさを感じながら味わうことができるようになる。

中学でも高校でも、日本や世界の文学史を教わるが、そのような、文学史を学ぶことの意味を感じた印象はなかった。文学史の時間は、とにかく退屈だった。

学校の授業のイマイチ感といえば、思い出すことがもう一つある。

「宗教改革」を知った結果。私はなんと、16世紀のプロテスタントの登場で、カトリックは滅びたものと、しばらくの間思い込んでいた。そのような印象を受けた。

ところが、これも推理小説と話になるが、英国のG・K・チェスタトンの作品に登場するブラウン神父、彼はカトリックの司祭である。チェスタトンの活動はドイルより少し後の時代、20世紀のこと。

ほとんど滅びたと思ったカトリックは、まだ細々と生きながらえていて、そんな時代にチェスタトンは、あえてカトリックの司祭を主人公に選んだのか。そんなモヤモヤを感じたものだった。

新聞やニュースやその他いろいろなものに触れれば、もちろん、カトリックもプロテスタントもその他のさまざまな教派も、今の世の中に存在しているいると知ることになった。

国語か社会の先生に話してみたい。
ここまで書いて、身近にいることを思い出した。今度会ったときの話のネタにしよう。
関東に生を受けて東京近郊に住んでン十年、東京の地名ならば前後関係からの推測も交えて大体わかります。

ところがそれ以外の地名となると、どんなに好きな文学作品でも古典落語でも、土地勘がないと見当もつかない、調べようにも手間がかかるのが常でした。

それが、スマートフォンの地図アプリがてのひらの上でいつでも使える昨今は。

シャーロック・ホームズが「ケニントンとケンジントンは調べたので、次はステップニーへ行こう」と言うのも、枝雀師匠が「長堀の東端、安綿橋の南側には住友さんの屋敷がありまして」とかおっしゃるのも、その気になればちょいちょいと、位置関係も距離も調べられる。

何とも便利になったものです。

高校3年時に英語を教わったO先生は、ひたすら例文を音読して口と耳を慣れさせることを重視する方針で、私自身は好きだったが、県下一の進学校を自任する生徒たちからは、いまひとつ人気が低かったかもしれない。

「oftener」という単語を音読していて「オフナー。オフナー。大船みたいですね(^^)」という、脱力感ただようギャグも、そのイメージの延長上にあった。

 

卒業数年後のある日、地方紙に、先生の短いエッセイを見つけた。

長年愛用している「バーンハートの英語辞典」、これが大変使い勝手がよく、今でも気に入っている。妻に「死んだら棺桶に入れてほしい」と言ったら妻は微笑んだ。

それ以来、この「バーンハートの英語辞典」というものに出会いたいと思い、本屋、古本屋、そしてインターネットが普及してからはネット検索と、ときどき気にして見ていた。しかし「Barnhart」の語源辞典や学生向け辞典は見つかるのだが、先生が触れていたものとは違うはず。日常的に愛用しているならば、きっと一般的な網羅的な英英辞典であり、しかも、おそらく手ごろな扱いやすいサイズのものであるはず、と思っていた。

 

著名な英英辞典のシリーズといえば実用向け、学習者向け取り混ぜてOxford、Collins Cobuild、Random House、Merriam Webster、Longman等々、関連するトピックは日ごろ興味を持って見ているが、Barnhartという名前は見たことがなかった。

 

ところがある時、機会があり母校の大学の図書館で検索したところ、「これだろう」というのに出会うことができた。「Barnhart Comprehensive Desk Dictionary」。

そう思ってネット検索してみると、キーワード「barnhart comprehensive」ならばヒットする。Amazonでも中古を買えるようだ。

 

あれ以来30年以上が過ぎたが、先生はお元気でいらっしゃるだろうか。

 

「バケツの穴」という歌を幼い頃にテレビで見て、大変面白く、歌詞を鮮明に覚えています。記憶に頼って書くと、こんな感じ。

バケツにゃ穴があいててダメだ
バケツにゃ穴があいてます
わらを詰めればいいじゃないの
わらを詰めればいいでしょ
わらは長くて詰められはしない
わらは長くて詰められません
斧で切ればいいじゃないの
斧で切ればいいでしょ
斧はさびてて切れはしない
斧はさびてて切れません
砥石で研げばいいじゃないの
砥石で研げばいいでしょ
砥石は乾いてて研げはしない
砥石は乾いてて研げません
水でぬらせばいいじゃないの
水でぬらせばいいでしょ
何で水をくめばいいの
何でくめばいいでしょ
バケツでくめばいいじゃないの
バケツでくめばいいでしょ
バケツにゃ穴があいててダメだ
バケツにゃ穴があいてます

長じて後、ときどき思い出してインターネットで検索してみると、元は同じと思われる数多くのバージョンがあるのですが、上記歌詞にズバリ合致するものにはなかなか出会えませんでした。

ところが、このほど、歌詞はこれに間違いないだろうという動画を見つけました。

ただ、記憶にある歌声は熊倉一雄さんっぽいのです。でも後から作られた記憶の可能性もあります。

とにかく、あの歌詞は世の中に存在したのだということまでは確認できました。

賞レースで有利なネタは、笑いどころが多くて後半で期待どおり盛り上がるネタ。ファイナリストに残るようなユニットなら、当然、定番のネタはいくつもあるはず。

しかし、そこで、「いや、俺たちは『これ』で勝負したいんだ」という気持ちがはたらくのだろう。練りに練った会心作でいくのか、定番をぶつけるのか、気持ちのせめぎ合い。

こだわりの会心作が、賞レースならではの、会場の雰囲気、重さで、受けない。観客のつかみどころでつかめない。くじ運、他の出場者とのネタかぶり。

そういった勝負の「あや」が、今年も見所でした。1位、2位になったコンビは成功してました。

「運」もあるんだよなあ。
野球でいう「投打がかみ合う」か否か、みたいなもの。