パズドラ。

登場して早々、ものすごい勢いで広がり、今や社会現象規模となっているゲームである。

妖怪ウォッチと比べると、どっこいどっこいなのかな?

スマートフォンやタブレットを所持してる人には大概これをやっている人も多数いる。

電車内を見回してみても、大概と言っていいほど、パズドラをしている人がいる。

私はガラケーかつアンチスマートフォンなので、当初はパズドラには興味も関心もなかった。(スマートフォンを嫌ってるのではなく、避けているというのが正しいか)

ゲーム内容は上記の通り、すぐに理解したのだが、やってみようかなと思うほどではなかった。



そんな私がパズドラに関心を持つきっかけになったのは、とあるキャラクターだった。



ある日、私は秋葉原を散策していた。

目的はもちろん、初音さんのゲームだった。

当時の私には、初音さんのゲームの他にやりたいアーケードがなかったのだ。

とあるセガクラブに足を運んだ時、そこにパズドラのキャラクターのプライズがあった。

そのキャラクターは、ポケモンでいう御三家に当たるドラゴンだった。

御三家ゆえに初期形態はかわいいデザインではあったが、私にとってのかわいいの分類に入るデザインではなかった。

その時、一番左のドラゴンが私の目にとまった。





…かわいいぃいいいい!





存在を知った瞬間、私はすぐにそう実感した。

このキャラクターこそ私が求めていたデザインだというほど私はすぐにこのドラゴンが好きになった。

そしてこれが後に私がパズドラを本格的に始める唯一のきっかけになったのである。





そのきっかけになったドラゴンは…






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パズドラ御三家の水タイプ、『プレシィ』である。

プレシオサウルスをモデルにしたドラゴンで、他の御三家にはないこれぞかわいいの代表格とも言えるキャラクターデザインが特徴である。

初期形態とはいえ、ドラゴンとは思えないパッチリくりくりうるうるとした目がチャームポイントで、撫でたらすべすべつるつるしてそうなボディも特徴。

でもやっぱり一番の特徴は、パッチリくりくりうるうるしたかわいい目である。

プレシィの存在を知って以降、私はパズドラの関心が衝動ではなくなったのだった。





そして今年度、パズドラのアーケードバージョンが導入された事を機に私もパズドラデビューを果たしたのだった。

久々にポケモンに続く本格デビューとなった。

御三家はプレシィールだったが、プレシィのチャームポイントの面影を残しているのでよしとする。














あらためて思う事は、例えアーケードになっても、プレシィという存在がいなければ私がパズドラを本格的に始める事はなかっただろう。

そして、プレシィの目がパッチリくりくりうるうるしたものじゃなかったらパズドラそのものに関心も持たなかっただろうというのも言う事ができる。

クレオパトラの鼻に合わせて、プレシィの目というわけだ。(形の規模は小さくも与える影響が大きいものの比喩)





パズドラにはまるメカニズムとは多少違う形でパズドラを始めて約1ヶ月。

ドロップの動かし方もだいぶスムーズ(でもないかな、まだ?)になり、ようやく私もまともに戦えるようになっている。

始めた当初は、ドロップを揃える事すらできず、そのまま袋叩きにあって負ける事がほとんどだっただけに一応それなりに進展してると言える。

デビュー戦は黒星だったにもかかわらず、投げ出さないどころか『次こそは勝ってやる』という心境のもとで再戦したのがパズドラに対する心境が衝動ではなかった事をあらためて象徴している。

パズドラを通して私は、『できるようになりたい』という積極性を実感する事にもなったのだった。





あらゆる事は、まずできないところから始まる。





そうである以上は、出来るようになるための努力に積極性を持つべき。

私は、パズドラを通して今まで実感できなかった事をようやく実感する事ができたのだった。

パズドラにとどまらず、『できるようになりたい』という積極性を他の事にも活かせるようにしなくてはならない。

それはもちろん、今私が置かれてる環境においてもだ。

プレシィ、私も頑張るよ。

君が魅力と共に教えてくれた『できるようになりたい』っていう気持ちと共にね。
7月。

何かと7月というのは、色んな印象や変化のある月と言っていいかもしれない。

月別の区切りで考えれば今月から夏である。

学生の多くは夏休みがもうすぐという印象が多数を占めるはずだ。

今はまだ梅雨の時期のため雨に見舞われる日は続くが、それももうすぐ明ける。

そしてその後は梅雨の時期が恋しくなるような灼熱シーズンが私達を待っている。

私みたいに海に面している場所の人にはわけないかもしれないが(9年間一度もプールにさえ行ってないのだが)、都会や内陸の人は試練の時と言えるかもしれない。



ひとまず、私は今月をエンジンにあらためて色んな事に積極的に取り組めるようにしようと思う。

今月は日本の代表的な花火大会の一つである隅田川花火大会がある月である。

昨年は前代未聞の大会途中での中止になっただけに、今年度の隅田川花火大会は今まで以上に人が集まる事間違いなしである。

スカイツリーの展望台からも見れるみたいだけど倍率すごいんだろうなぁ…

地上で見たとしても人だかりの列に流されるように歩きながら見なきゃいけないだけにこの特等席はかなりの代物である。

ひとまず、その花火大会を何事もなかったように見れるようにするような環境にしなきゃね。

誰もが待つ夏はもうすぐそこである。
2012年6月28日。

私は聖地スカイツリーにて私自身の新たなこれからを位置付ける存在の魅力に目覚めたのだった。

その日は、ちょうどポケモンアニメの新章が始まって間もない時のアニメ放映日だった。

その日のアニメは私にとってずっと待ちわびていた内容でもあった。

その日のアニメは、サトシくんがヒカリちゃんと再会する話だった。

ヒカリちゃんにとどまらず、番外編で進化したマグマラシもその話に出演していたというのも私にとって最高の事であった。

その回は、今も私にとって神回とも呼ぶべき存在である。



その神回にて、私はもう一つリオル以来久々に大きなきっかけを与えるポケモンの魅力に目覚めたのだった。

そのポケモンは…






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BWのリミテッド・レジェンドの一人、旋律ポケモンのメロエッタさんである。

わずか3秒間だったが、映画本編でも描かれた事がなかったこのヤヴァすぎるシーンを機に私はメロエッタさんへの魅力にとどまらないたくさんのきっかけを抱く事になったのだった。

今でもこのシーンを上回る魅力的なメロエッタさんはないと思う。



今日がその放映日だった日である。

曜日はずれているが、メロエッタさんに対する私の思いはマグマラシやリオル共々不動である。

メロエッタさんの存在は、私にメロエッタさん本人の魅力にとどまらず、色んな始まりを与えてくれた。

私が色んなどん底から立ち直るきっかけを与えてくれたのもメロエッタさんだった。

今のブログのタイトルもどん底からの立ち直りを象徴するものである。

メロエッタさんの存在は、それにとどまらず、私に新たな挑戦や可能性を与えてくれるきっかけにもなったのである。



世代が代わって約8ヶ月。

リミテッド・レジェンドゆえに存在を忘れられたかもしれないメロエッタさんだが、私は今もその存在を私の中に残している。

一応、昨年はメロエッタさんの短編映画をスカイツリーでワンセグに録画したからね。

メロエッタさんの事は、ただ私が新たなスタートを切るだけのきっかけにとどめず、色んなこれからを築ける糧にしていく。

今がその時である。



メロエッタさん、私頑張るからね。
6月になる時、私はひそかにあの時を思い出す。

その月、私はずっと積み重ねてきた関係をここ、そしてリアル共々全て失う事となったのだった。

今日まで私と深く交流してくれた存在を私は全てなくしたのである。

しかし、それは同時に私に周りと私自身を見直させる機会ともなったのである。





今思えば、私は置かれた環境などおかまいなしのようにその世界ばかりを見ていて、私がやるべき事をやろうともしなかった。

そしていつしか、私は私自身とその周りが見えなくなっていたのだった。

そうしてその時まで私は何一つ進展のない日々を過ごしていたのだった…

私の交流をしていた相手はリアルでも交流がない私には寂しさをなくす唯一、そして大切な存在だった。

その相手とは、あの日を境に一気に私から離れていったのだった。

その中には私と深く交流してくれた相手もいた。

中には私の事が嫌になって離れた人もいる事だろう。

ここでの更新がなくなったユーザーがある日、別のSNSサイトにいたのを私は偶然目撃した事があった。

中にはLINEのようにここよりもいい場所を見つけたからというのもあるかもしれないが、私の今日までの行いを踏まえてそう考えた事もあった。

私も確かにこうゆう事をされたら例え悪口じゃなくてもここにいる事を嫌に思うのだから…

寂しさというのは時に相手を追い詰める執着のもととなりその影響は連鎖するもの。

そしてそれはやがて私自身を曇らせてしまう事となる。

私はその時を通してそれを学んだのだった。






ここで築いた事を全て失った翌年、私はどうにか卒業をして私がすべき事に取り組む事となった。

それとあらためて世界を見直す事を通して私はようやく本当の全てを知る事となった。



私は、ようやく世界の広さという事を実感したのだった。

私がいた場所、そして一人悲しい思いをしていた場所はいかに狭い世界だったか…

私が全てを失ったと思っていた事はいかに小さすぎるものだったか…

全てが終わったと思っていた事がいかに小さい事だったかを…

私が今まで依存していた世界がいかに狭く小さい世界だったかを私はようやく実感したのだった。

そしてそれと同時に私は気づいたのだった。





私はまだ全ての事に見捨てられたわけじゃないのだ。

こういう事に気づき、そして変わる事ができた私は神様には見捨てられてなかったのだ。





今私はその遅れを取り返すための戦いの真っ只中にいる。

かつてのような賑わいはないけど、それと同時にもうここに依存して周りが見えなくなる事もなくなったという事でもある。

まだ全てが終わったわけではない。

終わったのは、狭い世界での事だけ。

私がすべき事はまだ始めてすらいなかったのだ。





今となっては清算してけじめをつけた事もあるが、まだ全てを清算できたわけではない。

私が全ての過去を清算できるのは、私の進路が決まった時だ。

全ては私の進路が決まれば変える事ができる。

そうすれば、その時以上の充実した本当の日々になれるはずだ。



スカイガーデンでの誓いだけじゃない。

それにとどまらない様々な誓いを果たす事だってできるようになるはずだ。





すぐにではなくとも、こうして本当の世界を見れるようになったならば私にもまだできる事はあるはずだ。

そのためにまずは本当の私自身を築いてみせよう。

私が望む本当のこれからを築くために…
6月。

真っ先に浮かぶ事と言えば、梅雨シーズン。

晴れが当たり前だった日々とはうってかわり、頻繁に雨に見舞われる日々。

例え晴れたとしても、ゾロアの嫁入りのような雨に見舞われる事もあるので油断はできない。

晴れでさえも雨に見舞われる以上、曇りならばなおさら油断はできない。

6月は水無月というが、むしろ水有月と言う方が正しいんじゃないかな…

水無月という由来は、今使われている意味の『無』ではなく、『の』という意味で、『水の月』という呼び方から来ているそうである。

田んぼに水が無いから雨を降らせる、という意味で例えれば今の無いの意味でも納得できるかもしれない。

水無月といえば、水無月ヨウくん。

パズドラバトルトーナメントの主人公の一人。

成績優秀、そしてイケメンでクール。

モテるキャラの理想像といえるが、本人は他人と交流するのが苦手らしく、そうでもないようだ。

大事なのは、人と付き合えるかどうかなんだね…





…話がいつの間にかパズドラにそれてしまった…

梅雨シーズンは晴れ間に恵まれず憂鬱な心境になるかもしれないが、こうゆう時期があるからこそ穀物が実るのだ。

私達人間だけの力では日本全体の穀物に必要な水を与える事など到底できる事ではない。

だからこそ梅雨シーズンという日本規模の水撒きが行われているのだ。

そう思えば続く長雨もそう悪くはないはずだ。



空からの恵みの雨を終えた先には今まで以上に新たな恵みを与えてくれる夏が待っている。

梅雨シーズンは夏を楽しみにするための時期。

穀物の水分と共に私達も夏を迎えるための準備を梅雨と共に過ごそう。

今の時期に見あう空からの恵みと共に…