今日の新聞に中国が東シナ海でガス田12基建設の記事が。この情報を政府はつかんでいながらなぜこの時期に発表なのかと考えてしまいます。先日は新国立競技場の白紙見直しを発表した安倍首相。少し前までは日程的に見直しは無理だといっていとのを誰もが覚えているのではないでしょうか。安倍内閣の不支持がどんどん広がり、「戦争法案」に著名150人が反対の記者会見を行うなど、大きく情勢は変わってきている中で、これはまずいと打ち出した競技場建設見直し。さらに今回の中国ガス電12基新たに建設の報道も、「戦争法案」の成立が危なくなったら発表して中国の脅威の意識を植え付けようという目論見が見て取れます。
 こんな目くらましに騙されてはいけないと思います。

 昨日は、西宮で原爆展がJR西宮南にあるフレンテで27日まで開催されるので、そのオープニング式典に行ってきました。

  11時からのオープニングで挨拶をする松永副市長


 この会場に気になったメッセージがありました。それは自民党衆議院議員山田けんじ氏のもので、なかなかいいことを書いています。この方はマメにいろんな団体へのあいさつなどをされている人らしいですが、過激派組織イスラム国の問題を国会で取り上げていた共産党の議員に対して、「さすがテロ政党」とヤジを飛ばした人物です。あとで党の国会議員団控室に先輩議員が引き連れて謝りに来たそうですが・・・。
 本当に核兵器をなくそうと思うのなら、あるいは原爆の悲惨さを語り継いでいかなければいけないと思うのなら、アメリカの核の傘に日本がまもられているという政府の政策を変える、あるいは原爆被爆者の認定を認めるというふうに発言しなければいけないと思います。
 もちろん、このメッセージ通りの行動をしてくれるのであれば評価もしますが、裏腹の行動をとるようなことがあれば、この発言との矛盾を追及していかなければいけないと思い写真に撮りましたので紹介しておきます。



 さて、その原爆展のオープニングが終わり市議団の控室で雑用をした後、しばらく行っていなかった沖縄料理の「にしむら屋」さんへ昼食に。
 店内に新聞記事の切り抜きがあったのでなんですかと聞くと、店の主人が沖縄の宮森小学校に米軍のジェット機が墜落して??年目になる新聞記事ですと教えてくれました。
 私が日本共産党に入党した理由が、厚木基地を飛び立った米軍機の墜落で子供二人が亡くなった事故で、「パパママバイバイ」で知られる事件でした。駆けつけた日本の自衛隊は、パラシュートで脱出してかすり傷ひとつない米兵を乗せたきり、燃え盛る民家を横目に後にして戻ってこなかったそうです。

 こんなことが日本全国で起きています。宮森小学校に事件をインターネットで調べていたら、下記のような池田香代子さんの記事というか、ブログが出てきましたので写真とともに紹介しておきます。

 2010年6月14日の池田香代子さんのブログでは、
この事故の全体像がわかる写真が掲載されています。



 4月20日、宜野座村に入りました。小学校で休憩。に入ったとたん、『子どもがひき殺された!』。なんと行進団の目の前で、小さな女の子が米軍のトラックにひき殺されたのです。手に通園用のバッグを持ったまま。死んだ女の子の側に突っ立っているだけのアメリカ兵。しかし驚いたのは、駆けつけた日本の警察でした。米兵を逮捕するでもなく、軍用車がスムーズに走れるように交通整理をはじめたのです。/これを目の前にして何もしないわけにはいきません。『撮らせてほしい』と懇願しました。『生きて帰れないよ』と言われましたが、引きさがれませんでした。『わかった、見つからないようにぼくの肩越しに撮ってくれ』、一人の男性が肩を貸してくれ、たった一度押したシャッターがこの写真です。
「1965年沖縄 「少女轢殺」 報道写真家の証言」 池田香代子ブログ 2010年6月14日付より)