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~TRIANGLEの中心で生まれる物語~

女性社会人2人によるリレー小説です☆☆

←←好きになる人 第二話


「中田秀美さん、本当にどうもありがとう。」


再びでたらめの名前を呼ばれた私は、目の前に突如現れた美しい少年が額を膝にぶつけそうな勢いで深くお辞儀をしたことに驚いた。それに、彼の動きはあまりにも奇妙なのだ。なんというか、振る舞いが整いすぎている。まるで彼の腰の辺りには螺子が入っていて、そこを支点にして開き閉じできる構造になっているかのようだった。


君と言う人間がこの世にいてくれてよかった。だから僕とこの財布は再び、そして極めて必然的に出会う事ができた。」


「木下鉄平」はそう言って、自分が発した言葉の余韻を楽しむかのように、あごを人差し指手でとんとん、と叩いた。

私はそれに対し、返事ともため息かどちらとも取れるような曖昧な音を喉から無理矢理搾り出すことで応じた。


――何こいつ、変。


彼を初めて目にした瞬間に私の胸を満たしたトキメキが、急速にしぼんでいくのをはっきりと感じた。そしてその代わりに急速に広がる胸の隙間を、戸惑いと不信感が満たした。


だが、あっけにとられている周囲の視線など木下鉄平には何の効果も及ぼさないようで、彼は2、3秒何かを考え込むように目を細めてから、

「俺の財布の中身は、見た?」

と言って、再びあごをとんとん、と叩いた。どうやらこれは彼の癖らしい。

「いや、見ていませんけど…」

「ところで君は、てんびん座かい?」

予想もしていなかった唐突な会話の流れに、私はたじろいだ。

「は……?」

「というのは、今日のてんびん座の人は、人助けをするといいことが起こると今朝のテレビで偶然目にしたからね。それが俺の中で妙に印象的だったから、これは何か超自然的な暗号があるんじゃないか、ってね。占いと言うのは、あるいはコンピュータによる一つの演算の結果にすぎないのかもしれない。だが、占いとはそもそも未来を予見するといった類のものではない。未来に起こることを予め判断するものに過ぎないんだ。それにそういのは、ある一部の人間にはわかってしまうものなんだろうね。霊感などではなく、ランプに明かりを灯すみたいにね。ギリシア神話ではてんびん座の天秤は正義を計る天秤だとされている。君の目は、正義に満ちている。だから、きっと君には今日いいことがあるはずだ。これは予見ではなく占い的視点から述べる判断、だけどね。」


美しい少年による全く意味のわからない長い演説が終わった。木下鉄平はハリウッド俳優がジョークを言ったときのように、「ん?」とおそろしくチャーミングな表情で私の目を覗き込んだ。

私は唖然としたまま彼のその美しい目を真正面から受け止めた。私は山羊座だ。

「いや、私はやぎ…」

「それじゃ、僕はもう行かなくちゃ。本当にありがとう。この財布は、僕の罪の証なんだ。」

そういって彼は、私を見つめたまま大またで三歩後ろに下がり、「よだれかけ」と真剣な顔で呟いてから(少なくとも私にはそう聞こえた)、くるりと向きを変え、やってきた方向に全力で走り去った。


「道化師」。瞬間的にそんな言葉が私の頭を掠めた。木下鉄平の声は、とてもはきはきとした、よく通る声だった。まるで舞台上で何かを演じる役者のように。声だけではない。表情も、仕草も、一つ一つが何かを隠すために計算されつくしたような、正確すぎるそれだった。


私は彼が残したショックから立ち直れず、口を開けたまま彼が去っていった方向をしばらく見つめていた。

それから、私の直ぐ横で、私と同じように呆然と口を開けている交番の警官と目が合った。思いもよらない災害に突如見舞われた私たちには、口にせずとも心強い一体感があり、私たちは互いに曖昧に微笑み、軽く別れの挨拶をした。


私はとりあえず駅に戻ることにした。走れば学校にもぎりぎり間に合いそうだ。でも、もうそんな気にもなれない。どうやら「木下鉄平」ハリケーンに、思った以上に体力を奪われたようだ。私は考えるも面倒な心地のまま歩き出した。


――本当、変なやつ。


その日、突然現れたおかしな美少年のことが、一日中私の頭から離れなかった。




自分が年をとっただけなのだろうか。

先ほど「木下鉄平」ハリケーンの被害に合った交番の警官は、その後だらしなく机に足を乗せ、伸びをした。

もう再来年還暦を迎えようとしている彼は、「いや、違う」と自問自答した。自分が変わったのではなく、時代が変わったのだ。最近の高校生は、もう理解できない。

警官は「木下鉄平」の財布の中身を軽くチェックしようとしたとき、驚いた。お札を入れる部分に、錆きった長くて大きな釘が一本、むき出しで入っていたのだ。あんなものを入れた財布をポケットにしまったら、下手したらお尻に釘が刺さってしまう。


最近の高校生は、理解できん。警官は大きくため息をついた。




一方時を同じくして、中田秀美は教室の席で小さくため息をついた。


今日は珍しく登校時にクラスメイトの山口和葉に会ったのだが、いつもの癖でまた自分の話ばかりしてしまった。すると和葉は駅の階段に落ちていた汚らしい財布を片手に、無言のまま出勤ラッシュの人ごみの中に消えてしまったのだ。


――和葉、なんか怒ってたかも。あの革財布、ひょっとして和葉のお父さんのとかだったのかな。汚いとか言っちゃったし…あーやばい、超怒ってて会ったとき無視とかされたらどうしよう。


駅で和葉が財布と共に去ってしまってから、秀美はそんなことばかりをぐるぐると考えながら登校した。和葉もすぐに登校して来るだろうと思っていたのに、朝礼が終わり、一時限目が始まる今でも和葉の席は空のままだ。秀美は、外見こそバービー人形のような金髪で、零れ落ちそうなほど長い付け睫毛を常に装備し、マニキュアも派手派手なのだが、内心はすこぶる小心者なのだ。


和葉は、背丈は小柄だがスタイルが良くて、笑うと右頬にだけくっきりと笑窪ができる。和葉は秀美とは対称的に黒髪で化粧っけもないが、その笑顔がとても可愛い。でも、和葉がそうやってにっこりと笑うことは、秀美が知る限りあまりない。和葉はいつもどこか冷めていて、クールなところがあるのだ。秀美そんな和葉のことが、密かに大好きだった。


――明日会ったら謝ったほうがいいのかな。でも、なんで怒ってるのか今一つわかんないし…でもそれを聞くのってマジ空気読めないよなー…。


秀美が絶え間なくあれこれ悩んでいると、机の上に置いてあったケータイのメール着信が光った。

鉄平からだ。秀美は気乗りしないままメールを開くと、内容はたった一行。



――今日、駅で中田秀美に会った(笑)!



なんだそりゃ。鉄平はいつも意味の分からないことを言って、周りを煙に巻く。そうやって、戸惑う周りのリアクションを見て、楽しんでいるとしか思えない。鉄平は昔から秀美の知る誰よりも頭がよくて、何を考えているのか分からないやつだった。それが彼なりの、周囲との距離のとり方だと知ったのは最近のことだ。


秀美は、思ったとおりに「なんだそりゃ」とだけ返信し、ケータイの画面を閉じた。


→→好きになる人 第四話


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