「血は水よりも濃し」の諺は、<血縁はどれほど深い他人との関係より深い絆>を示している。一方、「産みの親より育ての親」の諺は、<血縁以外の人に深い愛情や恩義>を示している。

 

 母は、私の7歳の血液検査で、実子ではないと確信した。しかし、その後の祖父の意見(子は授かりもの、我が子として育てなさい)と、順天堂における意見(不倫の子では?)、加えて夫の無言の別離によって、精神科入院に至る体調を崩した。

よって、私は親戚で育ちながら、母と子の関係を保ちつつも、双方、違和感を持ちつつの関係でした。

 

 母は再婚した。私は、義父から時折激しいDVを受けた等もあり、自炊しながら定時制高校に学び、事業家となり、恩義を受けた伯母の生活費等を援助しつつ、結婚もして、子供に恵まれた。

 

 50歳を前にして、何気ない会話の中で、母が「取り違えの子」と話してくれた。〝やっぱり“という思いと、これまでの思いを語ってくれたことに〝嬉しさ”を感じた。

と同時に、順天堂に対する憤りを感じた。

 しかし、50年の歳月は戻すことは出来ない。母も悩み、私も悩んだ。その時、憲政の父・尾崎行雄の「人生の本舞台は常に将来に在り」の言葉が浮かんだ。苦境も貴重な試練と思えば前に進める。事業の試練の中で私を支えた言葉である。

 

 戻すことの出来ない過去を振り返っても仕方ない。先ずは、実の母を知りたい。母も実の子を知りたいという、元気なのか・苦労してないか知りたいという。一方、知らないで幸せに暮らしているなら、言わない方が良いのか、しかし、このままでよいのかと悩む。

 私は、どんな両親なのか知りたい。困っているなら助けたい。亡くなっているなら墓参りをしたい。他方、子供のためにもどのような遺伝子家族なのか、将来の近親婚防止の為にも知りたい。

 

 しかし、知ったことによる、生活影響・戸籍・相続等々・・・戸惑いの中にいる。