今日は4つ(昨日3つと言ったけど、もう1つあったのです)あった仕事のうち、3つを片付けてかなり楽になりました。夕方は例によって、職場の外をカメラを手にぐるり。サギ君などを撮ってました。
ここは人工池ですが、時折何か大きな物が跳ねます。鯉でしょうか。ゴミが浮いたり、濁っているうえに、子供たちが網入れて混ぜっ返すので、環境は良いとは言えません。サギ君、小魚を狙っているようです。
何やらいっぱい浮いてますね。シンメトリー(対称形)としてはきれいだと思うのですが、いかんせん、ほとんどドブのような水たまりになっています。脚がかなり浸かってますから、結構深そうです。
子供だけで遊んでいると、ちょっと危険な気もします。まあ、落ちても溺れるほどではありませんが。万一でも、私もこの中に入るのイヤだな~。
子供たちが来ると、サギ君は逃げてしまいますが、オトナは遠目から珍しそうにじっと眺めます。自転車で通りかかった女性が、かなり長いことスマホ持って観察していました。それを一部始終見てたのは私ですが(笑)
サギ君はこの後、早業で何か捕まえていました。ずっとカメラで追っていたのに、とらえ切れません。丸呑みし、ノドの辺りがかなり膨らんでいましたから、それなりの収穫だった模様です。
今日の最高気温は29℃。陽が傾いても、じりじりと灼けつく感じが残ります。木々の間で、そこだけスポットが当たったように、ツヅジが輝いていました。
前の道は、左右どちらの方向にもスーパーがあるので、夕方は頻繁に人が通ります。これは花だけじゃなく、何かあった方が絵になりますよね。
さて、公式ジャンル「写真(風景)」の顔を立てておいて、本題に入りますよ。
昨日ゴソゴソ取り出したのがこちら。家づくりの雑誌「HOUSING」です。
1993年4月号ですから、24年前。しおんが3~4歳の頃です。この号に、我が家が載ったのです。だから寄贈分も含めて、大切に保管していました。
完成はその一年前の92年3月。取材の申し込みがあったわけではなく、こちらから売り込みました。「狭小地なので無駄なスペースを削り、廊下が全くない家なんです」とか言った覚えがあります。
もちろん木のフロアがないわけじゃありませんが、玄関スペース、階段ホールだけで、通路としての廊下はホントにありません。
設計段階で、作ってもらった図面を元に少しずつ広げてギリギリのスペースを確保しました。パズルを解くように、毎日図面とにらめっこしてました。
見開き2ページで紹介されています。収納をたくさん取ることが言われ出した頃で、カセットとVHSテープの壁収納も工夫しました。CDは当時もありましたが、映像がDVDに変わるのは読めませんでしたね。ウォークイン・クロゼットは作りました。電気床暖房は、正月の電気代で飛び上がり、今や元のブレーカーから切っています(笑)
いえをつくるなら~♪加藤和彦の歌、ご存知ですか?住宅会社のCMに使われたので、当時よく知られていました。Dコードの曲調がさわやかです。
こんなに広かったんだ~と、感慨ひとしおです。まあ、取材用に不要品は片付けてますけどね。
「家は三回建てないと満足できない」と言います。そんな甲斐性も余裕もありませんから、一回で決めようと、妻とともに当時頑張りました。展示場回りもよくしたし、本もたくさん買いました。バブル後にあっさりつぶれましたが、契約した会社も良かったし、担当のMさんは、営業マンとしてはともかく、とても人柄の良い、誠実な人でした。地震の折には、すぐ電話ももらいました。現在は物であふれかえっていますが、満足していることは確かです。
こちらは、今や見る影もないしおんの根城と化した一階和室。「使用後」は、絶対お見せできません(笑)
とにかく一回でも、こういう「家づくり」を体験できたのは、幸せなことです。もちろん身銭もきりましたが、祖父が住んでいた土地があり、父母の協力があってのこと。それは恵まれていました。
そして現在。もしかすると、もう一度「家づくり」みたいな楽しみを味わえるのかも知れない、という巡り合わせになっています。
さて、どうなりますかな…?
ご退屈さまでございました。







