このところ夕食後は、一服盛られたように眠りこけるしおんパパtalltreeです。今日は何とか起きています。
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私が時折引用する作家山口瞳氏は、古田氏と同年の生まれで、もう20年も前に亡くなっている。だから、長生きされたほうなのかも知れないけれど、私が若い時から好んで読んだ人の訃報に接すると、やはり感慨ひとしおである。
上の写真のように、一時期古田氏の著作を猛然と読んだ。単行本ではなく朝日文庫に入ってからだから、リアルタイムの古代史ブームの頃ではないが、元来専門外でありながら、敢然と定説に挑戦する筆致には圧倒されたし、衝撃も受けた。
『「邪馬台国」はなかった』に始まる「邪馬一国説」「九州王朝説」「倭人二倍暦説」「南米渡海説」等は、現在必ずしも専門家間で認知されているわけではないが、実に大胆・斬新かつ明快な論調で語られる「新説」は一種快感を覚えさせ、現在も「古田史学」の信奉者は多い。
その後私は古代史関係の、他の人の著作も読んだので、古田説を全面的に肯定するつもりはないが、古代史の新たな切り口、方法論を展開した氏の功績は大きいと思う。
野次馬的に言うが、「宿敵」とも言える安本美典氏との感情的なまでの論争はとても面白いし、そんな二人が「邪馬台(または一)国九州説」「神武天皇実在説(東遷または東征説)」「魏朝短里説」などでは意見を同じにしているのも、興味深い。
それにしても、ある本を読んで「なるほど」と納得しても、別の人のを読むと見事に否定されるのは、結局古代史が「謎」だらけということなのだろう。確たる証拠・資料が少なすぎるのだ。
極端に言えば、タイムマシンが発明されて…されないだろうけど…「魏志倭人伝」を書いた陳寿に、あるいは卑弥呼に直接きくしかないのだろう。つまりはそれが古代史のロマンなのか…。
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同じ日の新聞訃報欄に橘家円蔵…月の家円鏡のほうが馴染み深いですが…の名がありました(10/7逝去)。時の流れですね…。

