8月ももう半ば、今日は終戦記念日です。義母のお墓へお昼から義父とともに参りました。
ここは、義父母が大阪へ来て、いろいろ探し歩いて決めた墓所です。
上町台地の西の端、眺望は利かなくなりましたが、夕景のきれいな地名通りの「夕陽丘」です。
しおんも墓石に水をかけたり、お誕生日みたいに、お線香を何度もフーしたりしてました。
義母はここで、夕陽やハルカスを眺めながら、しおんの展示を喜んだりして、私どもを見守ってくれているのでしょう。
時につけ、そう思うことが、亡き人が存在するということです。
せいぜい二代(祖父母)、まれに三代までですね、時折思い出してもらえるのは。それでいいのです。
私は個人的に、墓やお寺なんて自分は要らないと思っています。死んだら、灰になって、少しずつでもどこかに撒いてもらえば結構です。年金目当てにタンスの中に入れたまま、というのは、ちょっと困りますが(笑)
今年は戦後70年、原爆投下後も70年です。10年ごとの区切りと、直接体験者の年齢を考えて、TVでも特別番組が連日放映されています。
改めて、自分たちが生まれたのは、案外「戦後まもなく」だったのだと気づかされました。
1970年万博お祭り広場で「戦争を知らない子供たち」を歌った若者たちは、実は戦争が終わってすぐに生まれた人たちだったのですね…。
北山修は言いました。「10年後20年後、本当に世界中の人々が『戦争を知らない』って言えるようになったら、素晴らしいと思います」この言葉、今も、必ずしも実現していませんね。
