懐かしの「お化け屋敷」 | talltreeのブログ

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 しおんパパtalltree、週の半ば、ちょっと一息です。


 こちら本日(2015.4.15)付朝日新聞大阪版より。「おおさか昭和旅行」という連載です。

 今朝この記事を見て、約50年になろうとする年月が短絡しました。


 今では隔週くらいに実家の仕入れ、それ以外にも、しおんのお迎えなどで頻繁に車で通る道です。

 母方の実家が和歌山県の橋本、叔母が河内長野だったので、小さい頃からこの道はよく通った記憶があります。

 南海高野線に沿うようにして、河内長野へつながる国道310号線。百舌鳥八幡駅付近のようですが、昔は野原や溜め池が点在していた道のやや離れた所に、私や姉が「お化け屋敷」と勝手に呼んでいた古めかしい洋館がありました。

 「あれはいったい、どこにあったんやろ?」今でも時々思い出すことがありましたが、今回の記事で腑に落ちました。

 由緒あるお宅なのですね。現在は国の有形文化財にも指定された、Kさんというお医者さんの自宅兼診療所だそうです。

 木造4階建てで、何と今もお孫さんに当たるお医者さんが、やはり自宅兼診療所としてお使いなのだそうです。

 現存してた、というのがすごい!


 私、車酔いがひどかったのです。自宅から、この「お化け屋敷」くらいまでの距離はいいとして、その先、特に橋本への行き、そして帰りは、いつも戻してました。道も悪かったですしね。

 和歌山へ抜ける紀見峠も、昔はトンネルがなくて、たぶん地道の峠を越えるので、かなり揺れもしたのです。橋本の「紀ノ川祭り」の夜遅く、峠から花火が見えた、なんてこともありましたが…。(後刻注:南海線のトンネルは戦前からあるので、工事か何かで峠道を通ったのかも←やっぱり国道トンネルは1969年開通)


 祖父母の家に着いて、あるいは自宅に帰り着いて、車の側面についた嘔吐物を洗い流すのは、いつも父の仕事でした。

 私は母譲りで、息子が吐瀉・排泄したものの処理は苦手です。子供心にいつも面倒掛けて悪いな~と思っていたことを、ふと思い出しました。


 懐かしの「お化け屋敷」にまつわる、個人的追憶でございました。


 ご退屈様でした。