しおんのことばについて | talltreeのブログ

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TTF(talltree factory)の趣味・家族の生活記録ブログです。
明るい自閉児しおんの日常のほか、音楽・写真・旅行・韓流ドラマ・K-POPなどについて、エッセイまたは小ネタで語ります。
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 しおんパパtalltreeです。

 最近目にした新聞記事から、わが子しおんの「ことば」について考えてみました。


talltreeのブログ  しおんはことばを発しない。家でも外出時でも、何か要求がある時には、お座敷犬のような声を出し、指さしや手振り等を加えて、自分が今何がほしいのかを周囲に理解させようとする。


 2歳頃までは確かに発語があった。「アンパンマン」「バイキンマン」「イタイヨ~」などははっきりと発音していた。母(つまり妻)を呼ぶ時は「チャーチャン」と言った。

 その頃、珍しく妻が一人で外出する折、2階のベランダから外を眺めていたしおんが、遠ざかる妻に向かって突然「チャーチャン!」と言った場面が、私には忘れられない。私の記憶の中では最後の「チャーチャン」だった。

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 その後かなり経ってから、発語訓練にひと夏かよって、いくつかの発音技術は獲得した。今は「パパパパ」とは発音する。私に向かって「パパ!」とは言うが、それは父の意味ではなかろうと思われる。兄の名をこちらが導けば「ア・オ・イ」とも言う。問題の「チャーチャン」は、しおんに難しいらしく、かならず何度か「パパ」と言った後で、別の所から出るような声で「ヂャチャン!」と発する。

ただしこれも、しおん自身が母を呼ぶために用いるアイテムとしては感じていないようである。


 では、しおんには「ことば」がないかというと、それは否であって、いろんなことを考えているし、かなりのことを理解している。多くの関心は次に何を食べるか、今日または明日どこへ行くかにあるが、「明日はお仕事」と言えば、ちゃんと必要なものを自分のカバンに入れて準備したりするし、「定期券持った?」と聞けば引出しに入ったヒモ付き定期入れを自分で取り出してくる。ただ定期券というシステムは理解していない。
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 外食時に水を多く飲むが、「もうダメ!」と制すると、空のコップを掲げて「お水ください」の動作を「フンフン!
」言いながらやるから、店のお姉さんが飛んでくる。韓国の有名な「明洞餃子」でもこれをやった。しおんにとっては、日本も韓国もない、世界が地続きである。


 つまりしおんの「ことば」は日常生活から獲得した、身振り手振りを加えた「実用語」であって、普通の場合はたいていこれで事足りている。


 実物がなくてもメニューの写真(文字だけでは苦しい)を指さしして食べたいものを示すし、手持ちのコミュニケーションブックで「ごめんなさい」「のどが渇いた」の意思表示もする。何でもないようだが、この抽象性を理解するのは、知的障害の中では、かなり高度だと思われる。


 しかし、しおんの認識は過去の記憶と目の前の生活の中にあるのであって、それがしおんにとっての限界である。

 例えば「ピストル」は運動会の大きな音を出す恐ろしいものであって、人を物理的に傷つける道具とは思っていない。ましてや、幸いにしてしおんの周辺は「平和」だから、「いじめ」や「戦争」などというものの概念は、しおんのどこを叩いても出てこないのだ。


 人は「無念無想」ではいられない。何も考えていないようでも「無意識の願望」や「予期意向」に引きずられる場合がある。

 例えば針金をL字型に曲げたものを2本持って歩けば、水道管の埋設された場所でその針金がスッと開いたという。しかし自分の目で見た事実が真実とは限らない。これをもって水道管との因果関係があると考えるのは、はなはだ危険である。「善意または無悪意の錯誤」は誰にでも起こりうる。


 障害児の父としてふと感じたことを長々と書きました。

 お粗末様でした。ご意見、ご批判あれば頂戴いたします。


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