親の生活と自分の身体と | 蟹、退治中 (乳がん生活)

蟹、退治中 (乳がん生活)

2012年12月 乳がん告知
13年2月 右乳房切除術(HER2 3+、ER +、Pgr -、リンパ管侵襲あり)
3月から抗がん剤(AC)、ハーセプチン、ホルモン療法の
術後治療を提示されるも、若き主治医の方針は一転、二転。
主治医を変え、ハーセプチンとフェマーラで治療中に
転移発覚

昨日は父の87歳の誕生日だった。
施設の父の部屋に行ったら
「2、3日家に帰りたいんだけどいつがいい?」
ああ、またその話ね。


病院から施設に入所した時は、要介護3だったが、
持ち前の驚異的回復力で、現在は要介護1くらい。
身の回りのことは自分でできるし、認知症もそれ程ひどくはない。

できてからまだ日の浅い施設はアットホームな雰囲気で
書類仕事がややルーズな所はあるものの、
父が外で一服したいと言うと(建物内にも喫煙室がある)、
数日のうちにベンチや吸い殻入れを用意してくれるなど、
入居者の希望に沿ったサービスを提供しようという姿勢が
気に入っている。

少なくとも私は。


一方父は、というと・・・

ちょっと外に出たいだけなのに
いちいち頼んで開けてもらわなきゃいけないのが面倒とか
(そりゃそうだ、認知症のお年寄りに勝手に出られてはたまらない)
デイケアはつまらない、テレビ以外にすることがないから退屈だとか、
特に嫌なことがある訳じゃないけど、要するに、
自宅での気ままな生活に戻りたいのだ。

気持ちはわかる。
自由に庭いじりでもしていた方が楽しいに決まってる。
が、独り暮らしはもう、無理なのだ。
私の乳がんが発覚する前でさえ、大変なことは何度もあった。
独りの生活を続けるのは無理、と、
本人も納得しての入所だったのだけれど・・・



先月の往診の時、父が医師に
「いつまでここにいたらいいんでしょう?」と訊いたらしい。
父の話だと、
身体に特に悪い所はないから、ここにいなくてもいい、
試しに自宅に帰って、3、4日暮らしてみて、
大丈夫だったら少しずつ長くしていったらどうですか?
と言われたとのこと。

あ~それ違うな、と直感。
家にいられない事情があるから施設にいるのだ。
それを知っている担当の医師が
そんな無責任なことを言うとは思えない。
たぶん父の希望的観測が入っているのだ。

父が「ここにいるのと自分の家とどっちがお金がかかるかな?」
と言うので
家に帰るって言ってもここを引き払っちゃうわけには
いかないからねえ、と答え、
もうじき妹が来るからその時帰ればいいでしょ?と
その場はお茶を濁した。
本当は、ずっとここにいるんだよ!って言いたいのに
はっきり言えないのが私の弱いところだ。


父が月に1回、週末を自宅で過ごせるよう、
大阪の妹が毎月帰って来て、世話を焼いてくれる。
私は父の送迎と、週2、3回のご機嫌伺い兼雑用。
上手いこと役割分担ができてる、と思う。
出来の良い妹を持って幸せです。


私一人で医師に話を確かめに行く。
医師は父に、
身体に特に悪い所はありませんが、ここは病院ではないから
いつまでいるということはないんですよ、
と話した模様。
どうも父は、病院を退院するような感覚でいるらしい。
身体に悪い所がないなら、もう帰ってもいいんだ、と。
こちらの事情(同居は無理、毎日通うのも無理)を話し、
次の往診の時に、帰るのは家族が一緒にいられる時に、と
念押ししてもらうようお願いして、ひと安心。



6月になって、父が
「この前言ってた、ここを引き払う話だけど」と言い出した。
ありゃりゃ。
『引き払う』って言葉だけ頭に残っちゃったのね。

すっかり帰る気になっている。このままじゃマズいかも。
施設のケアマネさんに相談。
ケアマネさんは、
そういうことなら、本人と家族と医師とケアマネが揃った所で
話し合うといいと思います。
私からも話を聞いてみますね。
と言ってくださったので、お願いすることに。



先週。
主人と面会に行った時に、また家に帰る話を始めた。

お父さん前のようにはできないでしょ?と言うと
そんなのわかってるよ、と言う。
私も前のようには動けないんだよ、と言うと
一人でやるからいいよ、と言う。

「ただ、都合のいい時に家まで送っていってくれればいいんだよ。
ご飯は自分で炊けるから。
お米は無いと困るから買ってきてもらって、
おかずはちょっとした物を冷蔵庫に入れとけばいいから。
ご飯じゃなくて時々はラーメンでもいいし。
一人でどんな物が買いに行けるかやってみようと思う。
あと、具合が悪くなった時に連絡ができるように、・・・」

はぁ~。
それは倒れる前と同じ生活ってことだよね。
元気な時だって何回も転んで動けなくなったり、
家に帰れなくなったりしたんだよ。
もうそういうの無理なんだってば!
と怒りたくなるのをこらえる。

私が乳がんの手術をしてその後も治療を続けているのを
父に話してはあるのだが、
それと自分の生活とは結びつかないらしい。
私や妹が実家で何やかややっていても、
自分のためにしているということに気づいていないのだから
当然と言えば当然。

先生やケアマネさんの意見も聞いてみないと、と言うと
「医者は家に帰った方がいいって言ってる。」
もう自分の中で、ストーリーが完全に出来上がっちゃってますね。


帰り際、主人と一緒にケアマネさんと立ち話。
ケアマネさんが父に、
家に帰りたくなっちゃったの?と聞いた時には、父は
「一人だと何かあった時に心配だから・・・」と答えたとのこと。
相手によって話を変えることはできる模様。

主人がケアマネさんにこちらの状況を説明し
(この時はまだ転移疑惑は浮上していなかったが)、
もし父が自宅に帰るのなら、自分が仕事を辞めなければならない
と伝える。

本当に辞めるつもりはないと思う。
ただ、私に負担がかかるのが心配で、そう言ってくれたのだと思う。
ありがたいことだ。
主人はよく、父は幸せ者だ、と言う。
娘二人に心配してもらって幸せだ、と。
でも二人の娘も幸せ者ですよ、理解のあるツレ合いに巡り合えて。
妹のダンナだって、妹が頻繁に実家に帰っても
文句言わないんだもの。



昨日。
ケアマネさんと二人で、ゆっくり話をした。
私に転移の可能性があり、そうでなかったとしても治療が必要で、
現在は自分のことで手いっぱいであること。
施設(車で5分)に父の様子を見にくることはできても、
自宅に帰った父の世話まではできないこと。

ケアマネさんの話。
要介護3の現在なら、
買い物や炊事洗濯掃除など、ヘルパーさんに家に入ってもらって
ここで受けてるのと同じようなサービスが受けられます。
でも来年1月に要介護度が見直しされると
たぶん要介護1くらいになると思うので、
訪問ヘルパーで同じ生活を維持するのは難しいでしょう。
ここにいていただいて、ここの生活を少しでも楽しむ方向で
考えた方がいいんじゃないでしょうか?

はい、私も全く同感です。

ケアマネさんには話しそびれたけど、
もし父の具合が悪くなって入院、となったとしても、
ここにいれば同じ市内の病院だから、何とかなる。
必要なら主人や娘も協力してくれるだろう。
(洗濯物届けるとか、おやつ差し入れとかね。)
自宅で倒れてそっちの病院に運ばれたりしたら、
私もう無理ですから!絶対付き添いとかしませんから!
身元引受人と緊急連絡先には、
大阪の妹の名前書いちゃいますから!

ケアマネさんにお願いして、
デイケアやリハビリなど、少しでも父が関心を持てそうなことに、
参加しなくても声かけをする、誘うということで
様子を見ることにした。



と言ってもまた、いつ帰る?の繰り返しなんだろうな。
もうそれしか頭にないみたいだもん。


帰ると言ったって私が連れてかなきゃ帰れないのだから
聞き流しておけばよいのだけれど、
どうにかしてあげたい、とつい気の毒になる。
でもどうにもならないんだよ。
私だって家族や、周りの人に支えてもらって
生活しているんだよ。

最近は施設に行く時は、車の中で呪文のように
「認知症のお年寄り」と声に出して3回唱えてから
父の部屋に向かっています。
親だと思うと腹が立つからね。

長文失礼致しました。


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