偉大なる皮肉・雨の日の記憶編 | Short+α

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7月22日を7/22と書く文化ではそうでもないが、22/7と書く文化だとちょっとした騒ぎになる。
この割り算の商を考えるととある数字が見えてくるから。

○今は滅多にないが、かつては夜7時から9時までの2時間がプロ野球中継で、一週間楽しみにしていたテレビ番組が潰れていた。

 

○なので、懸命に雨乞いをした。ドーム球場が無い時代、雨が降ると野球が中止になって楽しみにしていたテレビ番組の放送があると考えたからである。

 

○なお、本当に雨が降ったとしても実際に放送されるのが次週分の前倒しの放送ではなく、雨天中止時用にストックしていた録画済特番である。

 

○雨が降って中止になるのを願ったのはテレビのプロ野球中継だけではない。学校行事の中にも雨天中止を願う行事が多々あった。

 

○特に、ボランティアとして強制される校外清掃は苦痛以外の何物でもなかった。やって得られるものはなく、ただただ命じた者の自己満足で時間を無駄に消化しただけ。

 

○また、マラソン大会も雨天中止を願った行事であった。なお、あの手この手で病気やケガをしたという理由を作ってサボることも狙ったこともある。成功したことはないが。

 

○同級生の中にはプールの授業が雨天中止になるのを願っている者もいた。普通に泳げるのでプールは特に苦痛では無かった私は同意できなかったものの、その同級生は長距離走ならば得意でマラソン大会を楽しみにしている者であったため、その思いの理解はできた。

 

○一時期は武蔵野線を利用して通学や通勤をしていたため、雨が降ると簡単にダイヤが乱れて、ホームに人があふれかえり、ホームへの階段がベンチに代わり、時にはロープで仕切られて入場制限がかかることもあった。

 

○浦和美園に住まいを移し、埼玉高速鉄道と東京メトロ南北線が通勤のメインになると、雨なんて全く関係ない強固さを誇る路線の能力が見せつけられるようになった。

 

○具体的には、職場の誰もが出勤できていないときに、何の問題もなく職場にたどり着いて平然と仕事をするという光景が誕生した。ちなみにCOVID-19の前であり、リモートワークなどなかった頃の話である。

 

○基本的には家にいる一日だが、その日のうちに出かけなければならない時間がある。その外出はいつでもいいが、明日に延ばすことはできない。そして、雨が降りそうな天候である。この条件が重なるとき、どういうわけか、一日のうちの唯一の降雨時刻と外出のタイミングも重なる。

 

○傘を持っていかなくても平気だろうと考えて外出すると、外出先で豪雨に遭って傘を買う羽目になる。

 

○傘を買って店から出ると、雨が止んで、何なら晴天になってもいる。

 

○そして買った傘を忘れる。

 

○傘を忘れるのは傘を買った直後だけではない。出かけるときは雨が降っていたが帰宅時は止んでいるというとき、かなりの可能性で傘を忘れたことに気づかないでいる。

 

○傘を忘れたことに気づくのは、次に雨に巡り会ったとき。

 

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雨の日の思い出

 

 

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