元石清水八幡宮 鎮守の杜の縁日 ステージ編 | Tree Topの魔女たち

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JR大久保駅前にあるちょっとだけスピリチュアルな喫茶店Tree Topに集まる魔女たちのブログです。

はぁ~、もう1週間前のお話となってしまいました…はやい…

10月23日(日) 奈良は、元石清水八幡宮 1200年の歴史の中で初めての「縁日」がございました。

 

なぜに?と思われる方も多いでございましょうから、長くなりますが、少々ご説明をさせていただきます。

こちらの宮司様、Sおじちゃんとサラは5年ほど前からのお付き合いでございまして、その5年の間に、おっちゃんは、神官の修行をなさり、宮司様の資格をいただいて、あーだのこーだのございましたが、去年の8月、正式に宮司様として元石清水八幡宮に就任なさられたのでございます。

神様とお話できる能力を ひょんなことから授かってしまったおっちゃんは、こちらの元石清水八幡宮の神様とも日々(半ば強制的に)ミーティングを重ね、お参りに訪れる皆様に 神様からの伝言をお伝えすることもあって、神社のご参拝客は以前に比べてとっても増えてまいりました。

 

 

そんな折、奈良市が東アジア文化都市に選ばれまして、9月の初旬から約2か月にわたり、奈良市の由緒あるポイントで「古都祝奈良」とタイトルしたイベントを開催することになりました。

元石清水八幡宮は、奈良七大寺の一つである大安寺の鎮守社として建立され、当然ながら その敷地内に鎮座しているわけでございます。

神社のすぐ隣には、かつて大安寺の七重の塔がそびえていたのだそうで、こちらには、「古都祝奈良」イベントの一環として、七重の塔を模した古式の丸太の足場が組まれることになりました。

約2か月 展示され、この丸太の塔は10月23日をもって 観覧最終日とし、解体されることになっていたのでございます。

大安寺でも、東アジア文化都市に参加している韓国、中国の皆さまが 交流ブースを出店され、ステージを設けてイベントが展開される中、元石清水八幡宮だけがひっそりとしているっちゅうのもどうかいな…という話になりまして、おっちゃんは 神社でも何か…と考えたのでございます。

しかしながら、そうはいっても もともとは明石周辺の住人だったおっちゃん…いかに宮司様と申しましても、1年生でございますので、そうそう奈良にネットワークがあるはずもなく…サラにお声がかかったという次第でございます。

 

ステージ機材の設営、ブースの準備などございましたので、明石からは6時の出発。

8時ちょい過ぎに現地到着し、バタバタと準備を整えました。

 

ステージオープニングは、江戸芸かっぽれのお練りでございます。

元石清水八幡宮の氏子様たちで構成されます桜美会奈良の皆さまが、参道を練って 本殿までお越しになられるのでございます。

 

 

お練りの前の神事でございます。

 

 

画像の奥に見えます一の鳥居から 威勢のよい掛け声とともに 踊りながら本殿に向かって来られます。

 

 

江戸芸かっぽれ と申しますが、元は大阪 住吉大社の住吉踊りが変じたもので、江戸の浅草三社様の境内で踊られた大道芸の一つ、豊穣を祈り、祝うおめでたい踊りでございます。

 

 

長い参道を約30分かけて本殿へ。

そして草鞋を脱ぎ、ステージエリアに敷かれた毛氈の上で 神様に踊りを奉納していただきました。

 

 

「奉納」と書かせていただきましたが、実は、「奉納」はここまでのこと…

 

 

本殿に向かって踊りを始めていただいた後は、本殿を背にして踊っていただいております。

 

 

建立されてから1200年の間、神様はずっと 人々の踊りを奉納されるばかりで、一度も一緒に楽しまれたことがございませんでした。

なので、初めての縁日では、神様にも参加していただくことにしたのでございます。

共に踊り、共に歌って、ブースのお店番もしていただきました。

 

 

かっぽれの後は、言霊屋いたるさんの書道パフォーマンスでございました。

 

 

この板を支えていただいているのは、狛犬さん右側でございます。

そりゃぁもう、神社の神様 総動員でお手伝いいただきました。

 

 

いたるさん、奈良の大和郡山在住でございまして、元石清水八幡宮からは車で約20分のところでございます。

3年前、いたるさんが、インスピレーションメッセージの1000人リレー(紹介を数珠つなぎに1000人送っていくのでございます)を思いついて お友だち→薬師寺のご住職→おっちゃん→サラと繋がれて以来のご縁でございます。

今年、1000人は達成し、いたるさん、現在は、またまた思いついた10000人リレーにトライされております。

 

 

約15分、いたるさんが次々描いてくださるメッセージのバックは われらがエラそうなU氏のフラメンコギターでございます。

いたるさんの最後の1枚と演奏の終了、ピタッと合いました。

お見事でございます。

 

ちなみに、いたるさんが描かれたこの書は、お越しになられた皆様にお持ち帰りいただきました。

 

 

続いて、ポムやっくんの登場でございます。

画像 手前がポム、奥がやっくんでございます。

タイ人キャラのポムですが、純粋な日本人でございます。

 

 

彼らの名誉のために書き添えておきますが、この画像 リハ風景でございます。

まだ、始まってなかったので、観客はおりませんでした。

本番は、「盛り上がっていこうぜ~!」とポムが掛け声をかけて ちゃんと盛り上げておりました。

ご安心ください。(心配していただいた方向けに…)

 

 

エラそうなU氏 再びの登場でございます。

この日は、ドライバーもPAも出演者も兼ねての大活躍でございました。

 

 

U氏が演奏中は、あすみちゃんがPAの番をしてくれておりました。

神社の中に気持ちよく流れるフラメンコギターの音色…

神様も喜んでくださったと思います。

 

 

デコロマストーンのブースでワークショップもしていたアミーゴ・ヨーイチ氏、神様の前で禁断のあの歌を歌いました。

「明石焼きBossa」

 

 

これがこんなかわいいオーディエンスの琴線を激しく揺さぶりました。

1曲まるまる踊り続けただけでなく、以後もノリノリで…

これは、アミーゴ・ヨーイチ氏 嬉しい誤算でございました。

 

 

一緒に楽しむ参加型の縁日、これはきっと神様が彼女たちの姿を借りて現れたのに違いございませんでございます。

 

アミーゴ・ヨーイチ氏、なんていい人なんだ! でございしょう?

 

 

見惚れるギターテクニックでございました💮

 

 

こちらも元石清水八幡宮の氏子さまがメンバーの和太鼓集団 蟻の皆さまでございます。

 

 

元は、合唱団だったのだそうですが、11月には市内のホールで和太鼓ライブを開かれるほどになられました。

勇壮な響きでございました。

 

 

実は、和太鼓の演奏をバックとして、滋賀県米原市にございます西円寺のご住職 内藤香林禅師に大絵馬を描いていただいていたのでございます。

 

 

米原の西円寺は 比叡山延暦寺の末寺として創建された650年の歴史のあるお寺でございます。

内藤禅師は、小さい時から芸術の道を歩まれており、自らを「画僧」と名乗られております。

 

 

今年、ひょんなことから宮司様とご縁を持たれ、今回の縁日の話を聞かれて、絵を描こうとお申し出いただきました。

このありがたいお申し出に、せっかく描いていただくなら と 宮司様は「橿原神宮にも負けない大絵馬を」とお願いしたところ、それは面白いとご快諾いただき、太鼓をバックに皆様の見ている前で、来年の干支 酉を描いてくださいました。

 

 

これは、裏話なんでございますが、ばらしちゃいます。

内藤禅師は、今年の7月、台湾の淡水で開かれた個展で、和紙に見事な達磨を描かれました。

同じノリで、所用時間は30分くらい と想定していたのでございますが、木製の絵馬は、和紙とは違って、非常に水分を吸って、筆を取られてしまいました。

思ったより時間がかかって、和太鼓のレパートリーが尽きてしまったのでございます。

 

 

で、急遽、次の出演順だったあすみちゃんに演奏してもらうことに…

パンチのあるあすみちゃんの唄声とピアノの音が オーディエンスの耳を楽しませている間に

 

 

大絵馬、描きあがりました。

内藤禅師も全身全霊で描き上げていただき、この笑顔でございます。

 

 

おめでたく つがいのチャボでございます。

この大絵馬、新年を迎える際に ご神殿に掲げさせていただくことになっております。

見事な作品に オーディエンスは大拍手で、スマホのシャッター音が止まりませんでした。

こんな瞬間に立ち会えるなんで、そうそうあることではございませんからぁ~。

 

 

大絵馬を描き終えた内藤禅師にお話を伺った後、ステージの最終は、下村御大でございます。

 

 

人間界は、毎日 些細なことに一喜一憂して、些細な出来事にも七転八倒…

それでも、みんな 精一杯 それなりに正直に生きております。

下村御大の唄は、そんな人間界を飾らず 卑下もせず 等身大で表しております。

 

これまで45年 スナックやライブハウス、お寺でもスタジオでも、ホール、ホテル、武道館、日本国中のありとあらゆる場所で歌って来た御大も、神社では初めてだったそうでございます。

 

 

1200年間で初めての参加型縁日、下村御大は、神様のパワーをじんじんと体中で感じながら歌っておられたのだそうでございます。

この日、神社にお越しになられた全員が、下村御大の唄声に魅せられ、惹きつけられて 聞き入っておりました。

 

 

最後の唄を歌い終わった瞬間、オーディエンスからの拍手は鳴りやまず、それはいつかアンコールとなり…

B・B・Kingの通訳をなさっておられた方からの「Summer Time」のリクエストに応えて 歌われました。

通訳様、日本にもこんなブルースを歌える人がいた と 涙ぐんでおられたようでございます。

 

 

少々曇り気味の一日でございましたが、下村御大の唄でステージが終わった瞬間、金色の日が差してまいりました。

 

 

この後、境内を片づけて、社務所で「直会」をいたしましたが、宮司様から神様が大変 喜んでおられると伺いました。

やっぱり神様も一緒に楽しみたかったのでございましょうねぇ。