みなさんは、なにかを出来る能力と、それを誰かに教えられる能力っておなじだと思われますか。出来ない人には教えられない?教えられない人には出来ない?これ、勉強と、音楽やスポーツでは違うものだと思うのです。
こんばんは。
トロンボーン吹きで作編曲家、吹奏楽指導者の福見吉朗です。
数学
たとえば数学。
連立方程式の解き方がわからない、解けない人が、誰かに教えることが出来るでしょうか。
きっと出来ませんよね。
自分が解けないのに、それを人に教えることなど出来るはずがありません。
では、解ければ教えられるのか…
教えるのは苦手という人はいるかもしれませんが、たいてい出来るでしょうね。
数学とか、理科とか、そういう『お勉強』って、出来ることと教えることが近い。
ほとんどイコールなのかもしれません。
それでも、教えるのが上手い人と下手な人は、いると思いますが…
では、なぜ、その両者はほとんどイコールになるのでしょうか。
わかることと出来ること
なにかを『わかる』ことと、それを『出来る』こと、これって同じではありませんよね。
でも、数学とか理科とかでは…
「わからないけど出来る(解ける)」はありえないでしょう。
「わかるけど出来ない(解けない)」もないかもしれません。
わかっていれば解けるはずですからね。
そういう意味では、『わかる』と『出来る』が近い。ほぼ、イコールなのだと思います。
さて、では、音楽やスポーツはどうでしょうか。
やり方がわかりさえすれば、出来る?
そうとは限りませんよね。全然限りません。
ここが、数学などのお勉強とは違うところだと思うのです。
逆に、「わからないけど、出来る」もあるかもしれません。あると思います。
これ、数学などではありえないでしょ。
音楽の場合
理屈はわからないけれど、出来る…、いますよね、そういう人もたくさん。
いわゆる、天才肌といわれる人たち。
こういう人って、ではそれを誰かに教えることには長けているのでしょうか。
さて、どう思われますか。
何も考えず直感的にそれが出来てしまった人って、
そうではない人にそれを教えることは出来ないと思うのです。
手本を示すことは出来るかもしれないけれど、それはどうすれば出来るのかは示せない。
やっぱり音楽では、『出来る』ことと『わかる』ことは違うのです。
それをするためには前者が、それを教えるためには後者が必要なのだと思うのです。
悩んだ人
考えたり悩んだり苦労して上手くなった人って、教えるのが上手いのかもしれません。
引き出しがたくさんあるから。
あまり苦労しないですらすらと上達した人って、人に教えるときに苦労する。
なぜ出来ないのかがわからないから。
『出来る』ことって、当たり前ではないのです。
誰かにとっては苦もなく出来てしまったことでも、別の誰かにとっては、
どうして出来るのかさえわからない難問かもしれないのです。
それがわからなければ、教えることなど出来ようはずがありません。
ありますよね、「そうか、これが出来ない人もいるんだ…」って思ったこと。
どうして出来ないのだろう、どうすれば、出来るようになるのだろう…
それを見つけ出して導いてあげることが、教えるということなのですよね。
名教師
オリンピック選手っていますよね。
その競技に関しては、世界のトップクラスの人たちです。
でも、彼らにもコーチがいる。
それが出来なければ教えられないのであれば、オリンピック選手のコーチなどいなくなります。
逆に自分で出来るのであれば、選手にコーチなどせず自分がオリンピックに出ればいい。
そうですよね。
名教師、必ずしも名選手ならず。逆もしかり。
名選手、必ずしも名教師ならず。
むしろ、それが両立する人などほんのわずかだと思いますよ。
名プレイヤーが、教えるのも上手いとは全然限らない。そうは思われませんか。
少なくともスポーツや音楽に関しては、出来ることと教えることって別の能力なのです。
さて、出来ることと、それを教えること、みなさんはどう思われますか。
