コンサート、『見に』行きますか、それとも『聴きに』行きますか。「見に行く」という言い方を聞いたり目にすることが多くて、「あれっ、どうなんだろう」と思ってアンケートしてみたのです。みなさんはどうですか。
こんばんは。
トロンボーン吹きで作編曲家、吹奏楽指導者の福見吉朗です。
コンサート
「今度のコンサート、見に行きますね」…
そんな言い方を聞いたり目にすることが時々あって、そのたびに、
「あれっ、コンサートって、『聴きに』行くものではないの?」
って思っていたのです。
見に行く? 聴きに行く?
ふと疑問に思ったので、Xでアンケートしてみました。

やっぱり『聴きに行く』が圧倒的ですね。
『その他』は、なんでしょうか。
『会いに行く』とかかな…。それもあると思います。
と同時に、いろいろなご意見をいただきました。
見に行く派
見に行くという意見の人もやっぱりおられて、その言い分にも説得力があるのですよ。
曰く、聴くだけならCDでいい。
たしかにそうです。
コンサートって、視覚から得ている情報だって少なくないのです。
たとえば、指揮者の動き。
もし、演奏がまったく同じであったとしても、指揮者の動きが違ったら…
(そんなことはあり得ないのかもしれませんが…)
やっぱり音楽は違って感じられるものなのかもしれません。
また、動きからも演奏がよくわかる楽器ってありますよね。
たとえば、打楽器とか。それに、弦楽器のボウイング。
トロンボーンのスライドも、もしかしたらそうかもしれませんが、
そういう『動き』から受ける印象って、やっぱりあるものだと思います。
それに、演奏者のステージでの立ち振舞いも、音楽の印象を変えてしまうように思います。
そう考えていくと、演奏者って、ただ音楽をちゃんと演奏するだけではダメなのですよね…
聴きに行く派
音楽なのだから、『聴きに』行く。
演奏そのものだけではなくて、場の音場や響き、そういうものも感じ取れる…
そういう意味でも、ホールも楽器なのです。
コンサートでの『音』って、やっぱりCDなどの録音物とは全然違います。
たとえば音場など、再生装置の音ってやっぱり作られた不自然なものだと思うのですよね。
そういう意味では、残念ながらCDは生演奏の代用にならない…
ホールの音場や楽器の配置を感じると、音楽が揺れていくのがわかるという意見もありました。
それから…
『あまりにも見た目に気を使わない奏者』だと、思わず目を閉じて聴きたくなるという声も…
あまりにも見た目に気を使わないって、どんな奏者だろ…(汗)
立ち振舞いのことでしょうか、それとも服装のこと?
見た目だって大切ですよみなさん。
たとえば、打楽器とかだと曲中に移動しなければならないようなことってあるでしょ。
その『移動』だって、音楽の一部ですからね。
感じに行く派
見に行くのでも聴きに行くのでもない、感じ取りに行くんだ…
そんな意見もありました。
視聴覚以外のものを自分で感じ取りに行くところなんだ、と。
『肌に感じる空気感、匂い、会場までの行き来で手足に感じる触感…』
コンサートって、その場だけのものではないんですね。
そういう意味でも、ホールって大切なのです。
中だけではなくて、ロビーや階段やエントランス、そういうものが、何かをくれますよね。
そして、そこに至る、またはそのあとの感覚。
ぼくはコンサートのあと、わざわざ一駅分歩いたりすることがあります。
この気持ち、わかっていただけますか。
さらにいうと、やっぱりコンサートから感じ取るものって視覚と聴覚だけではないと思うのです。
『空気』とか『気』とか、そういう言語化できないようなものがむしろ大切な気がします。
そういう意味でも、一緒に聴いているお客さんももちろん、コンサートの一部なのでしょうね。
なにしろ言えそうなのは、やっぱり生のコンサートは何物でも代用できないということ。
見に行くにしても、聴きに行くにしても。
以前、「腐った生より上質なCDを」と言った人がいましたが、
CDは所詮、CDなんですよね…。YouTubeやサブスクも同じです。インスタントなんです。
みなさんもどんどんコンサートやライブに出かけましょうね。
さて、見に行きますか。それとも、聴きに行きますか。
