吹奏楽部は排他的であるといわれることがあります。みなさんはどう思われますか。そう見えるのだとしたら、なぜそう見えるのでしょうか。どんなところが排他的なのでしょうか。それって現代でもそうなのでしょうか。
こんばんは。
トロンボーン吹きで作編曲家、吹奏楽指導者の福見吉朗です。
閉鎖的?
少し前に、こんな記事を書きました…
学校吹奏楽には閉鎖的な側面があるという文章を読んだので、
AIに訊いた結果に考察を含めて書いた記事です。
いろいろな要因や原因があるのでしょうけど、今でもこういうことってあるのでしょうか。
そしてきょうは、『排他的?』です。
学校吹奏楽には排他的な側面ってあると思われますか。
SNS禁止
みなさんの吹奏楽部はSNS自由でしたか。
尤もSNSは学校自体で禁止しているところもあるかもしれませんね。
部内で禁止しているとしたら、その理由として、
外からの情報、余計な知識を遮断するというような話を聞いたことがあります。
うちのやり方が絶対で、これに従ってもらう。それ以外の知識は不要だ、という考え方。
もしそういう吹奏楽部が今でもあるのだとしたら、たしかに閉鎖的ですね。
いろいろ鉄の掟がある部活動の話、聞いたことがあります。
閉鎖的とは関係ありませんが、男女交際禁止とか、上下関係についての決まりとか…
外からの情報を遮断するといえば、こんな話も聞いたことがあります…
コンサートを聴きに行けない
聴きに行きたいコンサートを自由に聴きに行けないというのです。曰く…
「オーケストラは聴きに行ってはいけない」とか、
「指定したコンサート以外は聴きに行ってはいけない」とか、
「指定した音源以外の演奏は聴いてはいけない」とか…
みなさんは、そういう話を聞かれたことはありますか。
そういう吹奏楽部って、今でもあるのでしょうか。
いろんな演奏を聴くと迷いが出て、演奏が統一できない?
バカ言っちゃいけない。むしろ逆ですよ。
いろんな演奏に触れて自分の中にある引き出しを増やしていくことで、豊かな表現が出来る…
そんなふうに思うのです。
オーケストラは聴いちゃいけない?
元々オーケストラの曲を演奏するのであれば、絶対に聴くべきです、オーケストラを。
こういう閉鎖性がもし現代でもあるのだとしたら、すぐにでも改めるべきように思います。
教えを聞けない
誰かの教えや、新しいもの、自分たちの知らないものを受け入れない…
そういうところって、あったりしませんか。
たとえば…
学校指導に行って、生徒の姿勢、身体の使い方を指導したのです。
そしてその時の様子を顧問の先生に話していたら…
「でもあの子は、あの姿勢のおかげであの音が出ているんじゃないの?」って…
もともとけっこう吹ける子だったのですが、
あの猫背のおかげで、あんな音が出せているんだ、って…
いや、目を見張る変化があったのですがね…
自分たちの知らないやり方や考え方、捉え方、そういうものに対する拒否反応、
これって、時々あるのかもしれません。
とくに教える立場にある人間は、自戒も込めて、つねにアップデートしていかなければ、
少なくとも、新しいものを受け入れる姿勢は持っておかなければならないものだと思うのです。
形態のせいではなく
さて、こういう排他性、もし現代でもまだあるのだとしたら…
(ぼくのまわりでは、今ではあまり見かけないのですが…)
これってもちろん、『吹奏楽』という形態がそうさせるのではなくて、
組織の運営方法や、「こうすればレベルが上がるんだ」という都市伝説的な信仰、
また、もしかしたら『学校』というものが持っているのかもしれない排他性…
そういうもののせいなのではないかと思うのです。
もしも、今でもそういう団体があるのだとしたら…
それって音楽作りにマイナスでしかないように思いますよ。
改めていくべき側面のように思います。
さて、吹奏楽部って排他的だと思われますか。

