みなさんは人に合わせる、人と同じにすることってありますか。人の言う通りにする、合奏やアンサンブルでも、同じにする、ついて行く。気遣いや思いやりがあるとも言えるかもしれません。でも、こうも言えるのかも。
こんばんは。
トロンボーン吹きで作編曲家、吹奏楽指導者の福見吉朗です。
人に合わせることって
人と同じだと安心する、人の言うとおりにしておけば…
そういう意識って、どこかにあったりしますよね。
音楽でも、アンサンブルで合わせることって、単に同じにすることだと思っていたり…
あるいは、ついて行くみたいな意識だったりすることもあるかもしれません。
「つける」なんて言いますよね。
普段の生活でも、なんとなくはみ出さないように、人に合わせて…
そんなところって、あったりしますよね。
これってどうしてなのでしょうか。
気遣いできるから?
神経細やかだから?
思いやりがあるから?
じつはそうではなく、こんなふうに言われた人がいました…
嫌われたくないから
人に合わせる、人と同じにする、はみ出さない、そういう意識、それってどこからくるのか…
それは…
『嫌われたくない』という意識から来るのだ、と。
人に嫌われたくない、そういう最も利己的な意識が、その奥にはあるのだというのです。
たしかにそうかもしれません。
最も利己的で、主体性がなく、自己肯定出来ていない意識がそうさせるのではないのか…
誰からも嫌われたくない、誰からも好かれたいという、おそらく絶対に不可能な利己心、
心の奥にあるそういう意識が、そうさせるのではないか…
人と同じだと安心する、人に合わせて、はみ出さないように気を使うことってじつは、
利己心なのだ、と。
みなさんはどう思われますか。
出し合うことで
たとえば合奏で、人に合わせよう、人と同じにして、ちゃんとつけよう、ついて行こう…
もし、合奏の全員がそんな意識で演奏していたら、そんな意識しかなかったら、
どうなると思いますか。
素晴らしく合った、整った合奏になる?
ならないと思います。
推進力のない、なんの音楽的な色もない、訴えるものもない、面白味のかけらもない、
そんな合奏にしかならないと思うのです。
アンサンブルでも同じです。
テンポのゆっくりな曲で、合奏がだんだんもたれていくような時って、これだったりします。
みなさんはありませんか、そういうことが。
つけようとして合うのと、ちゃんと自分を出した上で合うのとは違う、
そんなふうに言われる方もおられます。
その通りだと思います。
どうすればいいのか
では、どうしたらいいのでしょうか。
たとえば、上に書いたようなだんだんもたれていくような合奏があったら…
たとえばひとつのやり方として、『指揮なし合奏』をやってもらいます。
テンポの変化があるような曲でも、です。
いや、むしろそういう曲こそ、試してみるべきなのかもしれません。指揮なし合奏。
しかも、そこにはルールがあって、それは、
「人に合わせようとしてはいけない」というもの。
合わせるのではない、自分の思うように演奏するのです。
それで合奏がどうなるか、試してみるのです。
つまり、どういうことなのか…
なにも出さずただ周りに合わせるのではなく、まずはそれぞれが出し合うのです。
そしてそれを感じ合ったり反応し合ったりすることで、合奏は出来るのですね。
それぞれを、まずは出し合う。
実社会でも
これって、実社会でも同じだと思うのです。
出し合うのです。みんなが。
言葉や行動でちゃんと自分を出して、反応し合う。
自分の意見や考えや行動に対して、世の中の全員が賛同してくれるなんていうことは、
おそらくないでしょう。
きっと、讃える人もいれば、けなす人もいる。
それが正常なのです。だってひとりひとりそれぞれみんな違うのですから。それに、
それをどう受け取るのか、それに対してどう感じるのかは、『相手の問題』なのです。
自分の問題ではなく、ね。
そして…
みんなが出し合ったものに対して反応し合ったり共鳴し合ったりするのが、アンサンブル。
決して、ただ付いていくのではないのです。
さて、みなさんはちゃんと自分を出してあげていますか。
