結果にこだわった過程 | フクロウのひとりごと

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愛知県在住のトロンボーン吹き、作編曲家、吹奏楽指導者。
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「こんなに一生懸命頑張ったのに、どうして…」と思ったこと、あなたはありますか。ぼくはもちろんありますよ。きっと誰にでもある、そんな経験、これって世の中が間違っているのでしょうか。それともそうではなく…

こんばんは。
トロンボーン吹きで作編曲家、吹奏楽指導者の福見吉朗です。

 


 

 

  結果にこだわった過程

 

まず、こちらのコラム、読んでみてください。

 


さて、どう思われましたか。
この話に出てくる顧問の先生、勝利至上主義だと思われますか。
部活動の意味、また、ほんとうの教育ってなんでしょう。
結果より過程?
 

 

  同じ努力をすれば?

 

同じ努力をすれば、誰でも同じ成果が得られるのでしょうか。
ずばり、そんなことはおそらくあり得ません。
簡単に成果を出してしまう人もいれば、頑張ってもなかなか結果に出ない人もいる。
たとえば音楽の世界だってそうでしょう。
天才みたいな人もいれば…
それはなぜなのか。
人は、ひとりひとりみんな違うからです。
決して、同じにはならない。
だからいいのでしょう。それぞれに、その人だけの個性があって。
そして、天才のように見える人でも、ちゃんと努力をしています。
同じ努力をしたって同じ結果にはならない、そんなこと、当たり前なのです。
 

 

  順位をつけないことって…

 

昨今の学校では、運動会でも順位をつけないなんて聞きます。
これってどうなんでしょうか。
はっきり言って、まやかしだと思うのですよ。感心しません。
たとえば、走るのが速い子もいれば遅い子もいますよ。
でも、走るのが遅い子でも、どこかにいいところがある。
人はみんなそれぞれ違う。みんなそれぞれ個性があるからです。
みんな同じことをして、みんな同じになるのがいいなんて、そんなのは個性の否定でしかない。
それは大人のエゴでしかないように思うのです。
先生方、保護者の顔色なんかをうかがっている場合ではありませんよ。
 

 

  結果より過程?

 

「結果よりも過程、どんな経験をしてきたかが大切だ」
そんなふうに言われることがあります。
さて、どう思われますか。
結果を得るためならどんな手段を使ってもいいというのでは、間違っています。
でも、だからといって…
いい過程を経れば結果はどうでもいいというのでも、間違っていると思うのです。
どうも世の中、その両極に偏りがちなように思うのです。
(この件に限らず、白か黒かみたいな両極思考が多すぎます)
それではどちらも、本質から外れてしまっているように思うのです。
 

 

  音楽でいったら

 

たとえば音楽、管楽器でいったら、毎日1時間ロングトーンをすることが大事なんですか?
そうではなく、いい音で自由に演奏できるようになることが大切なのでしょ。
そしてそのためには、どんなふうに取り組むのかが大切になってくる。そういうことです。
あるトランペット奏者さん…
その方は歯並びが悪く、人が10やって出来ることも30くらいやらないと出来ない。でも、
人より多く経験を積んでいるからこそ得られるものがあるんだ、プラス20の武器なんだ、と…
そんなふうに書かれていたのを読みました。高校の頃に…
めっちゃ自分と重ねたの、おぼえています。
 

 

  勝利至上主義?

 

このお話に出てくる顧問の先生は、単なる勝利至上主義なのでしょうか…
違うと思います。勝利至上主義とは、

勝つことだけを『目的』にして手段を選ばず過程などどうでもいい、というやり方です。

では逆に、その取り組みだけを見て、結果などどうでもいいんだとなったらどうでしょうか。
それでは、順位をつけない運動会と同じですね。
そんなふうに取り組んだのでは、その『過程』も死んでしまいますよ。
勝つという『目標』を掲げた上での過程、だからこそ、意味のあるものになる。
この先生が言われる『結果にこだわった過程』とは、そういうことだと思うのです。

人はひとりひとりみな違う。個性がある。
同じ努力をしても決して、同じ結果にはならない。
結果にこだわった過程が大切で、それが成長につながる。

さて、あなたはどう思われますか。