もうずいぶん前のことですが、病院にかかったとき、そこの内科のお医者さんが診察で、
「うーん、わからん!」って言ったんですよね…。
こんばんは。
トロンボーン吹きで作編曲家、吹奏楽指導者の福見吉朗です。
簡単に結論が言えることが…
「これはこうだよ、だからこうしなさい」
そんなふうに、簡単に確定的な結論や指示をできる先生が、いい先生なのでしょうか。
これは病院のお医者さんばかりではなく、学校やレッスンでの先生にもいえること。
結論や指示をすぐにくれる人が、はたしていい先生だと思いますか。
それが、いい医者や教師の条件なのでしょうか。
簡単にはわからないこと
身体のことにしても、病気のことにしても、楽器のことにしても、音楽のことにしても、
なかには簡単にわかることもあるのでしょうけど、多くは、そう簡単にはわからないこと、
安易に結論を導き出せないこと、答えはひとつではないこと、
そんなことのほうが、ずっと多いと思うのです。
なのに、「これはこうだよ、だからこうしなさい」…、そんなに簡単に指示を出せること、
これってむしろ、信頼できる先生の条件ではないのではないかな、と思うのです。
わからないことはわからないと
最初に書いたお医者さんのように、むしろ、わからないことはわからないと正直に言える人、
そういう人が、信頼できる先生のように思うのです。
わからないことはわからない、知らないことは知らない、できないことはできない、
そんなふうに正直に言える先生、そういう先生が、信頼できる先生なのではないでしょうか。
少なくともぼくは、そんなふうに思います。
逆に、簡単に確定的なことが言えてしまうような人って、むしろ信頼できないですね。
先生は完璧でなければならない?
先生って、なんでも知っていて、なんでもできて、すぐにパッと指示が出せる、
そんなふうでなければならない、そうでなければつとまらない、
そんなふうに思ってしまうことって、あるのかもしれません。
また、無理してそうあろうとしてしまうことって、あるのかもしれません。
でも、人間ですから、知らないことやわからないことのほうがたくさんあって当たり前。
それに、医学にしても音楽にしても、はっきりわからないこと、答えがそう簡単には出ないこと、
そんなことのほうが、ずっと多いと思うのです。
ともに探求する
知らないこと、わからないこと、簡単には答えが出ないこと、
そんなことを、生徒と一緒に探求していく、そんな姿勢を持てる先生、
そういう先生こそが、ほんとうに信頼できる先生だと思うのです。
知らないことを知っているフリしたり、ムリしたり、そういう先生ではなく、
わからないことはわからないと、正直に言える先生。そして、
探求していく姿勢を現在進行形で持ち続けられる先生。
そんな先生が、ほんとうに信頼できるいい先生だと、ぼくは思うのです。
さて、あなたの先生は、わからないことはわからないと正直に言ってくれますか。

