ツイッターで,おのれーさんがこんなことをつぶやいてみえました。
おのれー@rapparapa18
演奏中に「もっと楽しそうに!」と言われることもあるかと思います。でも、心からの笑顔というのは、やっぱり「心」からなのだと思います。友達と大ゲンカしたり、親や先生にこっぴどく怒られたり、体調が優れなかったりしたとき、「笑顔で」と言われても、なかなか素直に笑顔にはなれないと思います。
2017年09月16日 10:27
こんばんは。
トロンボーン吹きで作編曲家,吹奏楽指導者の福見吉朗です。
心からの笑顔は心から
ほんとうにそう思います。
「もっと楽しそうに演奏して!」
「笑顔で演奏して!」
ってオーケストラに要求する指揮者がいましたが,ほんとうに楽しければ自然にそうなりますよ。
ほんとうに真剣に音楽にアプローチしていれば,音楽が喜びをくれます。
そしたら自然に,楽しくなるのではないでしょうか。
楽しそうなふりなんてできない。嘘や偽りが,なにかを伝えることはありません。
やっぱり音楽すること,だと思います。
楽しいと感じれば,自然に笑顔にもなるし楽しさや面白さは伝わる。決して逆ではない。
つくりものなんて要らない。
ところで,「もっと楽しそうに」以外にも,指揮者が言葉にする必要のない言葉ってありますよね。
「指揮見て!」
見る必要があるのなら,また,見る価値があるのなら,言われなくったって見ますよ。
もし必要があるのに見るのを怠ったのなら,そこで音楽は崩れますよね。
そしたら,言わなくったってわかるんじゃないですか。あぁ,見なきゃいけなかったな,って。
いちいち言葉にする必要なんてないですよね。
「ここは遅くします!」
「このrit.はもっとたくさん」とか,テンポについての言葉です。
テンポを言葉で説明する指揮者って,どうなんでしょう…
棒で示せよ,と思います。もちろん,リハーサルの日程や内容にもよりますけども…。
「rit.します」すら,言わなくてもいいかもしれません。指揮で示せますよね。
それに,指揮から伝わるものと,言葉で伝わるものとでは,内容,ニュアンス,濃さが違うと思います。
指揮者が言葉にする必要のない言葉,ほかにはどんなものがあるでしょう?
作為的なもの
テンポにしても笑顔にしても,言葉にしてしまうと作為的になってしまうと思うのです。
『遅くしますって言われたから遅くしたよ』
『笑顔でって言われたから笑顔にしたよ』
これ,どうですか?
以前に書いた,『クレシェンドがあるから大きくしました』にしてもそうですが,
(ブログ『楽譜のとおりに演奏するってなんだろう…』)
それをすることが目的,ではないはずですよね。
結果的になるものだと思うのです。
その団体の普段の姿が出る
コンサートを聴きに行くと思うのですが,その団体の普段の姿,雰囲気がステージに出る。
楽しい団体なら,それがステージにも出る。
そんなふうに思うのです。
コンサートだからってムリに楽しそうにしたのなんて,どうせ化けの皮は剥がれますよ。
ほんとうに楽しければ,「楽しそうに!」なんて言われなくたって伝わる。
そういうものだと思うのです。
ステージでの笑顔,ホンモノですか?


