中学の傾、苦手だった教科…、英語と社会。
数学は得意だったんですけどね。中学の時はね…。
数学は得意だったんですけどね。中学の時はね…。
あるとき,先生に言われたこと…
「音楽や数学ができる人が,なんで英語と社会ができないの?」
おんなじじゃないか,というわけです。
音楽やってるんだから世界史や地理はできるはずだし,
英語的発想は数学と共通するんだ,って…
理不尽な理屈だと思いましたよ(-_- )
ほんと,ダメだったんですよ英語,社会…
なぜダメだったのか…
全ッ然,おぼえられない。単語も年号も国の名前も…
今にして思えば,おぼえさせられることが嫌だったんですね。
おぼえないと点数取れないよ。おぼえないと試験に落ちるよ…
楽しくもなんともない!
前にも書いたけれど…
ヨーロッパの国の名前とならびをおぼえたのは,F1を観るようになってから。
イギリス,フランス,ドイツ,イタリア,スペイン,ポルトガル…
南米ブラジルがなぜポルトガル語なのか…
アイルトン・セナの第2の故郷はなぜポルトガルなのか…
そんなところから,どんどんおぼえていったのです。
やっぱり,興味を持つ,ってことがポイントかな,と思うのです。
でも,「興味を持って!!」って言われても,ダメです。
持てって言われても持てないものには持てないでしょ。
「試験に出るよ!!」では,興味なんて持てない。
それでは,金賞さえ獲れればなんでもいいって言うコンクールと同じ。
音楽って,そんなものじゃないでしょ。
金賞は,結果的にやってくるもの。
テストの点数だって,結果的にやってくるものだと思うのです。
「この音外したら金賞獲れないよ!!」
「これ覚えないとテストでいい点取れないよ!!」
楽しいですか?
楽しいわけない!!(-_- )
楽しくないことには結果はついてこない。
そんなんで,どんなに徹夜したっておぼえられない。
物量は結果にはつながらない。
そんなんで,どんなに徹夜したっておぼえられない。
物量は結果にはつながらない。
興味を持つ,それには,なにかキッカケ,入口が必要なんですね。
あの頃,F1に興味を持っていたら…
もうちょっと社会の成績は良かったかもしれないと思うのです。。