練習していて,曲について何か決めごとなどをする時,
たとえば,「この音は少しテヌート」とか…
それは,どんなふうに身体の中に記憶されているのか…
本番のステージで,そういう決め事についていちいち考えたりすることって,まずないんですね。
それはなぜなのか…
やっぱり,『テヌート』,長く,とかいう言葉や理屈ではなく,
音や音楽のイメージとして身体に入っているからなんですね。
テヌートのついたそのフレーズがもう身体の中にあるんです。
だから,本番でそんなこと考えたりしなくても,自然にそうなる。
さて,学校吹奏楽でも,たとえば合奏で,いろんなことを言われます。
ここ,もっと長く,短く。アクセントで,やわらかく,などなど。
そういうのが,単に言葉や理屈としてしか入ってなかったら,たぶん本番では役に立たない。
考えていないとできないから。
考えてやっているうちは,それが音楽的な表現になることはない。
さらに,「高い!」「低い!」とか,「合ってない!」とか,「早い!」「遅れる!」などの注意って,音楽的イメージになりえない。変換できないんですね。
だから,それらはステージに行ったらなんの役にも立たない。
いい演奏,音楽的演奏には,まったく寄与しないんです。
それどころか,雑念になるだけなんですよね。
コンクールの楽譜に鬼のように書き込みしてることって,ありますよね。
あれってじゃあ一体何だろうな…,と思ってしまいます。
楽譜の書き込みについてもまたいつか書いてみます。。
本番のステージでは,必要なことは考えなくてもできる。
逆に,考えなきゃできないようなことは,どうでもいいこと。
だから,なんにも考えないで,ただ音楽の中に身を置く。
雑念が入れば悪い緊張(緊張にもいろいろあります)も増します。
なんにも考えなければ緊張する隙も余裕もありません。
いい意味での,音楽的な高揚だけがあるはず。
それは,いい意味での緊張感。。