低山と言へど山なり木の芽張る
「方円」2018年6月号円象集掲載。
枚方・山田池公園での一コマ。休みの日、何も予定がない時、車でよく訪れる。駐車場を出ると周回道路。みんなジョギングをしたり犬を連れて歩いたり、思い思いに公園を楽しんでいる。その向こうは雑木林で、まだ池は見えない。春は芽吹きの季節。青々とした若葉や若芽が揃う。周回道路を暫く歩くと山田池が見えるのだが、案内図を見ると、雑木林は「春日山」と名付けられているらしい。広い公園。山もあれば峠もある。今まで気にも留めなかったが、言われてみれば、自分は山と名乗っているという、ある種の威厳が感じられる。大げさかもしれないが、堂々と木の芽や若葉を生い茂らせている「山」に敬意をもって詠んだ句。
ここ最近、自分は果たして社会に役立っているのかと、自問自答することがよくある。そのためか、自分を励ましたり、奮い立たせようとしたりするような題材の句が多くなっている。消極的ではいけないと。しかし、とある事で、名指しで「頼りにしている」と言われることが、最近あった。こんな自分でも頼られる時がある。人生捨てたもんじゃない。至極単純かもしれないが、無駄に生きている命は一つもない。こう考えて、誇りを持っていきたいものだ。
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