石仏の笑み絶やさざる寒の内

 

「雲の峰」2024年3月号青葉集掲載。

寒の入り(1月6日頃)から立春前日(2月3日)までの約30日を寒と呼び、その期間内を「寒の内」と呼ぶ。この時期が一年で最も寒い時期とされる。そんな中で見た、道端の石仏。お地蔵さんの場合が多い。お寺に本尊として祀られている仏と違って、どことなく柔和な顔をしているように見える。見方によっては、笑みさえ湛えているようにも見える。建物の中で見る仏と、路地で見る仏とは、見え方が違うのかもしれないが、路地の仏は、どんな気候でもその柔和な表情を変えることがない。また、「耐えている」という表情でもない。ただ笑ってそこにいるという雰囲気。自分もいかなる時でもそうありたいものだと思って詠んだ句。

人間は会話をする生き物。暑ければ暑いと言うし、寒ければ寒いと言う。至極当たり前の事。しかし、何も言わず、表情も変えない人もいる。随分前に亡くなった母方の祖母は、長い入院生活の中、体を拭こうとしたらひどい床ずれで、見るからに痛々しかった。しかし本人はそんな事を一言も言わなかったと聞いている。人間は会話をする生き物の反面、あえて会話をしない生き物でもある。本心をあまり言わない。辛くても表に出さないという側面を持つ。私は路地のお地蔵様のように出来上がった人ではないので、言いたい事は考えなしに言おうとしてしまう。しかし、「言うべきこと」と「言わざること」のバランスをきちんと考えないと、社会から孤立してしまうという事も、十分考えなければならない。

 

↓コチラも併せてご覧ください♪↓

コダマヒデキ~音楽と俳句の部屋~

 

俳句を始めませんか?

俳句結社「雲の峰」

 

 

人気ブログランキングでフォロー