墓守の焚火の竹の爆ぜる音

 

「方円」2016年3月号円象集掲載。

皆さんご承知の通り、竹は中が空洞になっている。切込みを入れずに焚火にくべると、空洞の中の空気が膨張して、大きな音を立てて爆ぜてしまう。冬場、焚火と共にそんな大きな音をよく耳にする。これを詠んだのは、正月休みに近所の山に向かっていた時に聞いた大きな音が元になっている。溜まっていた心の澱をを一気に吐き出すとうな、そんな勢いのある音。人にも少なからず、爆発したい時もあるだろう。そんな思いに駆られて詠んだ句。

私はスマホのメモ帳を句帖代わりにしている。パラパラとめくっていると、この句の校正前と思われる句があった。その時の上五は「墓守の」ではなく「快晴や」だった。校正の経緯はあまり覚えていないが、恐らく道中に共同墓地があり、焚火をしている人が墓地の管理者のように見えたから…という事だろうと思う。何となく「墓守」という言葉を調べてみると、広辞苑では「墓の番人」と一言だけ書いてあったが、ネットで調べてみると、「文字通り墓を守る人。個人墓であれば墓の継承者(子や孫など)、墓所であれば管理者」と書いてあった。共同墓地であれば、私の使った「墓守」という言葉の意味合いは間違っていなかったという事か。しかし当時は、どんな形であれ、墓の番人は墓守だと、単純に考えて使っていたきらいがある。単語一つ一つには意味があり、由来がきちんとある。言葉を使うためには、言葉の意味を知らねばならない。勉強になった。

 

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