前回の続きで、京都府京都市西京区松尾谷の西芳寺川古墳群を見学したお話です
B支群を見た後、A支群に向かいましたが、この2つの支群はすごく近いです
まず、西芳寺川古墳群への入口となる目印は、この「山の神さん」
すぐそばに、山の地図看板もあります
ここからB支群までは、女性の足で約20~25分くらいB支群からA支群へは約5分くらいで、林道を進むだけです
A支群は4基あり、代表して2号墳に登場いただきます看板はありますが、古墳は草に埋もれて見えにくいです
円墳で、経10m
横穴式石室は小ぶりです
長さ2.3m、幅1.3m、高さ1.5m
このA支群と、直前に見たB支群のすごいところは、石室がこうして完存に近い形で残っていることですね
古墳に向かう林道には、こんな谷もあります
どうしてこの名称になってしまったのでしょう(笑)
西芳寺川古墳群は、色々と楽しめる古墳群でした
この帰りに、蛇塚古墳に寄りました住宅街の中に、突然横穴式石室の巨石が現われます
全長75mの前方後円墳で、7世紀前半の築造
蛇塚古墳の横穴式石室もゴイスーでした
玄室長さ6.8m、幅3.9m、高さ5.2mの特大サイズ
蛇塚古墳の石室は、奈良県・石舞台古墳の石室と肩を並べる大きさです
この巨大石室、誰のお墓でしょうね
渡来系・秦氏の本拠地なので、秦氏関係か、秦河勝説もあります
でも、渡来系の誰かが倭国スタイルの前方後円墳を、しかも7世紀初頭に造るのかなという疑問が残るんですよね
蛇塚古墳から徒歩5分、千代ノ道古墳も見学しました
住宅街ですが、残してもらえて良かった
(ココは、①古墳説、②寺院建物の基壇説、ふたつの説があります)
私は東京の住宅街在住なので、すぐ近所に古墳はないです
港区には芝丸山古墳という前方後円墳がありますけど、あんな都会で残っていたことは奇跡ですよね
春になるとお花見スポットとして賑わいますが、私の友人は古墳だと知らずに毎年墳丘でお弁当を広げていましたw
古墳って認知度が低いので、もっと知ってもらって、大事にしてもらえるようになればいいな~と思います
(参考文献)京都橘大学 文化財調査報告 2010 2011年3月京都橘大学文学部
千代ノ道古墳現地看板