大変懐かしく思い、ふでをしたためたくなりました。
先日、ラジオを聞いていて気になった、視聴者の“お便り”の一節です。ある地方の、柚子の収穫の話題に触発されたもののようでした。下線の部分は、「筆を認(したた)めたくなりました」だろうと思われます。アナウンサーは、多分、“お便り”通りに読んだのでしょうが、「筆をしたためる」という言い方は、何か変だなと思いました。慣用句にも、ないようです。
『明鏡国語辞典』第二版
したためる【認める】
〔他下一〕
1 〔やや古風な言い方で〕書き記す。
「手紙をしたためる」
2 食事をする。
「夕食をしたためる」
〔用例中の記号( ― )は、文字に変えさせていただきました。
また、下線は引用者によります。以下同。 =引用者〕
辞典の語義説明に則れば、「筆をしたためる」は、「筆を書き記す」という意味になってしまい、意味不明です。変なのは、「筆を」という助詞の使い方によるようです。
そこで、「筆でしたためる」とすれば「筆で書き記す」ですから(例えば、「手紙を」などという目的語が必要ですが…)、一応、意味はとおります。しかし文章は不適切、ということになるでしょう。何故なら、視聴者は、筆記用具のことを言おうとしているわけではないはずだからです。…
辞典の説明にあるように「やや古風な言い方」である「したためる」にこだわるのであれば、用例の「手紙をしたためる」が基本形のように思われます。
「筆」にこだわるのなら、慣用句に「筆を執る」という言い方があります〔『広辞苑』や『知っておきたい日本語コロケーション辞典』によれば、「ペンを執る」 〔注〕 という言い方もあります〕。
〔注〕
『哀しみ本線日本海』(荒木とよひさ作詞、浜圭介作曲、森昌子唄)
という歌に、次のような一節があります。
凍りつく指に 息をかけ
旅の重さ 筆(ペン)をとる
『広辞苑』第六版
|慣| 筆を執(と)る
|解| 書画や文章を書く。ペンを執る。
また、「筆」を「一筆(いっぴつ)」とするのはどうでしょう。「一筆啓上 火の用心 お仙(せん)泣かすな 馬肥やせ」の、あの「一筆」です。すなわち、「一筆したためる」という言い方になります。
『明鏡国語辞典』第二版
いっぴつ【一筆】
〔名〕
1 同一の筆跡。〔用例略〕
2 墨つぎをしないで一気に書くこと。ひとふで。〔用例略〕
3 手紙や文章などを簡単に書くこと。また、その手紙や文章。
「一筆したためる」
「一筆御礼申し上げます」
「一筆啓上(=簡単に申し上げますの意で、手紙の書き出し
に使う語)」
念のため、以上の「手紙をしたためる」「筆を執る」「一筆したためる」という言い方は、“手紙文の挨拶の用語”〔拝啓、謹啓など〕として論じたものではないことをお断りしておきたいと思います。