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座談会――平たく言えば飲み会だが――がお開きとなったのは、日付が変わってまもなくのことであった。
来客たちは、ちょうど四つある客室をあてがわれ、そこで就寝することとなる。その前にシャワーを借りるのも結構。夜明かしするのも結構。もちろん、標本室を訪れるのも自由。
五人が五人とも勝手気ままにやりたいことをやり、お互いの行動に特別な関心を抱いて行動していた者はいなかったはずである。ゆえに、誰が何時にどこで何をしていたか、正確に把握している者はひとりもいない。ありていに述べるなら、彼らのいわゆるアリバイは存在しないということになる。
翌朝。
第一発見者は《るーみす》であった。
絹を裂くような悲鳴、とはこういったものを指すのであろう。
皆が起きだしてまもなく。朝食すら取っていない。
《ヨナクニ》、《ルキリア》、《麝香》の順にリビングへ姿を現し、三人が揃った途端の悲鳴であった。
「離れのほうからだ!」
標本室がある方角を見ながら《ヨナクニ》が言った。だが、リビングから外が見えるわけでもない。
言い知れぬ不安に包まれたまま、三人は急いで玄関へ回り、外へ出た。
離れに駆けつけると、全開にされた戸口にぺたりと座り込む少女の背中が見えた。
「どうしたんです!」
訊いても彼女は答えない。ガタガタと震えつつ、小刻みに首を振るばかり。
日の出が遅い時期ということと、天候が曇りであったことにより、あたりはまだ薄暗かった。だから、明かりのともった室内はやけに眩しく感じられる。
怖々と《るーみす》が奥を指さす。
三人はゆっくりと、「蝶の間」を覗き込んだ。
眼前に広がる光景に、ただ言葉をなくすばかりであった。
昨夜と同じ、目も眩むばかりの標本群。
――いや、同じではない。
部屋の奥、入口から見てちょうど真正面の奥の壁際、そこに、誰かが倒れていた。
誰か――この場にいないのは、そう、彼ひとりだけである。
無遠慮に巨体を横たえ、たくさんの蝶を腹の下敷きにし、よく脂肪のついた手足をだらしなく投げだし、俯せになっている。
太い首に支えられた頭部は横を――ちょうどこちらの方向を向き、その目と口は、驚愕に見開かれていた。
瞳に生彩はなく、髪はぬらぬらと赤く濡れ、その液体は額に首に流れ、そして床へ、潰れた標本を染め上げている。
「死んでいる……」
そう《ヨナクニ》が言ったとおり、《アンリ》はすでに事切れていた。
もっと詳しく様子を見ようと、《麝香》が足を踏み出しかけたとき、
「駄目です!」
《ヨナクニ》が彼を諫めた。
「現場を荒らしてはいけません」
「いや、万にひとつかもしれませんが、息を吹き返すかもしれませんよ」
応急手当を試みる価値が、ひょっとしたらあるかもしれない。――という《麝香》の考えであった。
「駄目ですよ。もう、無理です。見たら解るでしょう――?」
確かに、手遅れのようではある。すっきりしないものを感じながらも、《麝香》は引き下がった。
「殺人――みたいね」
何とか平静を保ちつつ、《ルキリア》が言う。
「ほら見て。あそこに転がっているの――あれが凶器じゃないかしら」
彼女が指さしたのは、死体の左側に落ちている、長さ三十センチほどのガラス製の彫像であった。標本に隠れ、ひと目ではなかなか見つけにくい。
「あれは――」
呆然と呟き、《ヨナクニ》は奥のドアへ向かった。ノブに手をかけようとし、少しためらったのち、ハンカチを出して指紋をつけないようにノブを回す。
「ない! やっぱりそうです、こちらの部屋に飾ってあったやつですよ!」
希少標本室に置いてあった、例の彫像である。このとき、続いて《麝香》も奥の部屋を覗いてみたが、やはり彫像はなかった。それ以外に変わった点は、特に見当たらない。
そしてこれはあとで判明したことだが、間違いなく凶器はこのガラス彫像であった。死因は脳挫傷。撲殺である。後頭部を数回殴られていた。傷口の数から、三度と見られている。
この「蝶の間」で、数多の華麗な標本に囲まれながら、《アンリ》は何者かの手によって命を絶たれたのであった。
「そしてこのとき、実は面白い出来事がひとつ起きていたんだ」
まるで、とびきり傑作ないたずらを思いついた子供のような笑みを浮かべながら、利御はそう言った。
「あとから解ったことだけどね。このときは皆――僕も含めて気が動転していたものだから、誰も気づかなかった」
「なんだ? もったいぶらずに話せよ」
「その前にもう一度、現場の状況を整理しようじゃないか」
利御はいったん身体を引いて、背もたれに寄りかかる。
「『蝶の間』は、一辺が十一メートル以上の正方形だと思ってもらっていい。無論、高さがあるわけだから直方体というのが正確な呼称だね。天上まではだいたい三メートル強。窓はひとつもなく、ドアは入口と希少標本室へ通じるものだけ。いずれにも鍵はかかっていなかった。そして、この部屋は床も壁も標本で満たされている」
「まあ、解らないではないが、解りにくくもあるな。図でも描いて説明してくれよ」
わたしがそうリクエストすると、横で三井寺もこっくりと頷き同意した。
利御は億劫そうに、
「君たちの好きなミステリ小説なんかでは、こういうときに現場の平面図が出てくるんだろう? しかし、図を使って解説しなければならない時点で、小説としては破綻しているね。だったら最初から漫画を描けばいい。流行だろう? ミステリ漫画というのは」
こんな憎まれ口を叩いておきながら、なぜか楽しげに紙ナプキンを引っ張りだして、そこに図を描きはじめた。描きあがるまでの数分間、わたしたちはじっと利御の手元を覗き込んでいた。
「こんな感じでいいだろう?」(図参照)

「ああ、上出来だよ。利御にしてはね。現場のつくりが単純なのが幸いしたな」
彼の致命的なまでの絵の才能は、よく知っている。こういった簡単な直線の組み合わせならばともかく、いわゆる絵画などを描いた場合、見た者すべてに優越感を抱かせずにはいられない。
「で、何がどう面白いんだい?」
どうせたいしたことはあるまいと高をくくり、目の前の男を試すような心境で訊いてみた。
すると、こんな答えが返ってきた。
「被害者の身体や、ガラスの彫像に下敷きにされていたのは別だけどね、それ以外に、この部屋で被害に遭っている――つまり潰れている蝶の標本は、ひとつたりともなかったんだよ」
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