写真は近所で10年振りに行われた

花火大会の様子。

iPhone15が良い仕事してくれました


いくつからでも、人生は楽しくなる。
おせっちです。

あなたは毎日、ご機嫌に過ごしていますか。

 

不安だったり、イラッとしたりは、誰でもあるとは思います。

もちろん感じた感情はみんな正解。

消さなくていいのです。

 

でも、できればご機嫌に、心穏やかに過ごしたいですよね。

 

感じたことは正解でも、そのあとどういう気分でいるかは

みんな選べるからね。

 

よく「これをすると楽しくなるリストをつくろう」って

いうじゃないですか。

 

でも、それを一つずつやっていっても

一時的な幸せにしかつながらない気がしませんか。

 

ご機嫌でいることの価値は、楽しくなるリストとは違います。

 

ご機嫌で過ごすと、どんないいことがあるか。

ご機嫌でいる価値のほうを意識してみようということ。

 

目的がはっきりすれば、マイナスに振りがちな気持ちも

ご機嫌を選びやすくなります。

 

私のご機嫌でいる価値を書き出してみると……

話が人に伝わりやすい
前向きになる
人が集まる
ご飯がおいしい
集中できる
協力できるようになる
アイデアが出る
体が軽い
行動に移しやすい
周りの人を笑顔にする
気持ちが安定する
うまくいきやすい
立ち直りが早い
嫌なことも笑い飛ばせる
気持ちの切り替えが早い
淡々と取り組める
気持ちが落ち着く
積極的になる
人に親切にしたくなる
風邪ひきにくい?


30個は出ませんでした。

後で気づいたら足してみます。


これを3ヶ月続けると自分の感情に気づきやすくなり、

未来と過去に意識がいきがちなのを、

「今、ここ、自分」に戻せるようになるそうです。

 

人は放っておくと、マイナスの感情に支配されがちなもの。

危険を察知するために脳は発達してきたので

生存を守るためにこうなってしまうわけ。

 

現代社会では、特に日本では普通に生きていけちゃうから、

ご機嫌でいたら、どんなメリットにつながるか

意識的になったほうが楽しく過ごせるんです。

 

この方法は、オリンピック選手のメンタルトレーニングをしてきた

辻秀一先生が提唱されています。

 

あなたも、30個書き出してみませんか。




【AIに抜かれて気づいた、私が守りたかったもの】

 今日は恥をさらします。
8月末で、3年で430記事書いた noteの担当を外されました。 

その2カ月後の10月、 担当していたnoteを見にいったの。

 AIに文章を整えられて、 フォロワー増加率が倍になっていたと知ったとき、 思わず笑ってしまった。
 くやしい。

 いや、正直に言えば、かなりくやしい!

 でもさ、冷静に考えればそれも当然の結果だわ。

 私が3年間かけて築いた文章の蓄積に、
 そのままAIが手を加えて使いこなしただけのことだからね。

 この仕事をやめたいと、何度思っただろう。
 もう、この人の声を聞くのがつらい。

 でも、毎月のサブスクのような安定収入は手放したくない。
お金の安定は、心の安定。

 お世話になった方の紹介で始まった仕事を、 自分の方から辞めますとは言い出せなかったのもある。 

「せめて次の区切りまで」と思いながら、 心だけが先にすり減っていった。だんだん片付け仕事のようになっていった。

 そんなとき、7月に膝をけがしたんだ。

 治りが遅くて外出もできず、大好きな山にも行けない。 
体力も気力も落ちていった。

足はけがしても、確かにパソコンはたたける。
そこはわかってる。
でも、気持ちがどんどんふさいでいったんだ。 

不思議なもので、 体が動かないと心まで止まる。 
「もう投げ出したい」と思いながらも、
週2回で記事をアップし続けていた。

 そんなとき、契約終了の通知が届いたってわけ。

 「ついに来たか~」と思う反面、 「先に言われちゃったか」という複雑な気持ち。 笑うしかなかったよね。

 当時は落ち込みましたよ。
今までのお客様だったら
最近依頼が来ないねってことがあっても、
数年後に声を掛けてくださる方もあったし、
はっきり止められたことはなかったからね。

 それから2カ月後、 久しぶりにそのnoteをのぞいてみた。

 私がいたころのように、 音声を起こして記事にしている。
 でも、文章が違う。 AIが加筆して文体は整い、 内容は豊かになっていて、まるで別人のようだった。

 しかも、フォロワーの増加率は 私が担当していた頃の倍!!

 悔しい~~~。

 けれど、ちゃんと分かるよ、 なぜそうなったのかは。 

・元の音声には密度が足りなかった。
 (その証拠に、 元音声のフォロワーは伸びてない)

 ・書き出しの近況報告は長く、 本文に入るまでが遠い。 私はそこを「話し手の呼吸」として 尊重していたけれど、 AIはためらいなく削った。 

・冗長な表現も整理され、 話していなかった解決策まで補われている。 つまり、 「話し手の意見をAIが膨らませた文章」に なっていた。 

 冷静に見れば、 それができたのも私が3年間、 あの人の記事を書き続けてきたからだ。 

引き継ぎのときに、 私が書き起こし編集していた方法を 使用したガジェットやアプリまで担当者にすべて伝えていた。 だから今の文章も、私の仕事の延長線上にある。(と思っている)

 AIが育てたわけじゃない。 AIを使える環境を、私が整えていたんだ。 

それでも、やっぱり思う。
あのころの私は、 あの人の「まどろっこしさ」の中に 個性を見ていたことを。

 語り口が残ることは、 その方の人格をも表すから、 AIが消した「間」や「余白」こそ、 私は好きだったのかもしれない。
っていうか、その人らしさを残す表現をずっとやってきたからね。

 正直に言うと、 あの人の過激な言い回しや たまにある差別的な口調には何度も戸惑った。
 「これは文章には残さないほうがいいです」という提案も たびたびしてきた。
 それで少しずつ心が冷えていった。

 それでも続けていたのは仕事としての責任と、 紹介してくださった方への恩義と、 毎月の固定収入という安心感があったから。

 けがをして、動けなくなって、ようやくわかった。

 私は整った文章より、 その向こうにある「人の心」を追いかけることで心が沸き立ったのだ。
 AIがきれいに整えてくれた文章を見て、 「もう私の出番はないな」と思った瞬間、 どこかほっとしている自分がいた。 

いま、私は心理の世界に興味を持ち始めている。

だいぶ前から興味はあったけど、やりたいことを
自分にやらせてあげたくなった。

最近、そんな投稿をたくさんしているでしょ?

 人の内側にある声を、どう聞くか。 言葉にならない思いを、どう汲み取るか。 それがやりたくて、カウンセリングの学びを 年始からやってきた。
 noteで3年間、 誰かの言葉を整えてきた私だからこそ、 次は「心の奥の声」を整える方に行きたいと思う。 

いや、3年じゃない。 
音声書き起こし歴24年だったわ。 

商業出版のための取材音源を 116冊分聞いてきた私だからこその 方向転換なのだ。 

AIに抜かれて悔しかった。 
(また言う)

 でも今は、少し笑える。

 だって、整った文章の外側にある「人の揺らぎ」にこそ 私が興味の対象だと気づいたからね。 

対話からその方の思い込みに気づき、 セッションから得たことを書いていきたい。
もちろん個人情報は公開しません。

ここまで長文を読んでくれてありがとう!
私の恥ずかしい経験をさらしてみました。

もし似たような気持ちになったことがあれば
教えてほしいな。




【感情の波に振り回されない自分になりたいよね】

 

「またそんなこと言ってる」

「いや、そうじゃなくてさ」

気づけば、今日も軽くバトル。

 

でも、ちょっとした行き違いのあとに

同じテーブルでお茶を飲める関係が

やっぱり理想ですよね。

 

夫婦って、長年一緒にいるからこそ

「言葉の温度差」が生まれやすいもの。

 

悪気はないってわかってるのに、

ついムッとしてしまう~

 

セッションでは、

そんな感情の波をやさしく整えて、

淡々と自分のやりたいことを続けられる

心の状態をつくります。

 

「つい言い返しちゃう」

「イライラが残って一日中モヤモヤする」方は

いませんか。

 

穏やかな日常を取り戻して、

笑ってお茶が飲めるように!

たまにはAIじゃなくて

人に話を聞いてもらいたい、そこのあなた

DMお待ちしていますよ

カウンセラーの私がお話をじっくり聞かせていただきます。

 

#夫婦コミュニケーション

#感情の整え方




今日もお疲れさま!

落ち込んだ?泣いた?モヤッとした?
はい、それ全部、筋トレです💪

体の筋肉と同じで、心の筋肉も使えば痛くなる。
でもね、そこで「情けない…」じゃなくて、
「お、今日もいい負荷かかったな〜」って言っていい。
 

休むのはサボりじゃなくて、回復期。
寝る、ぼーっとする、甘いもの食べる、どれも大事なメニュー。
 

体力派の人はジムで汗をかく。
私たちは感情で汗をかく。

どっちも立派な筋トレ仲間。

だから、焦らずマイペースで。

心の筋トレは長期プログラムだからね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(この投稿は2016年9月に別ブログで書いた記事を編集してお送りしています)

イタリアングレハウンドのハリーの病院は、先生との相性や技量に疑問が出てきた時、犬友の意見を聞きつつ変えてきて、
今は6カ所めになるだろうか。

ハリーは12歳。
走るのが大好きな犬なのに、2年ほど前から後ろ足に力が入りにくくなり、足裏がかかとからべたっと地面に着くようになってきた。
地元の病院で「詳しくは精密検査をしないとわからないけど、多分ヘルニアで、だんだん歩けなくなるだろう」と言われたのだ。
検査も麻酔をかけるので犬の負担になるし、費用も莫大になる。

兄弟犬の飼い主さんに相談すると、都内の某所にどんな手術でも20万円以下でやる凄腕獣医がいるときいて、行ってみることにした。

専門ブリーダーから直接購入していて、兄弟たちの飼い主さんとつながっていたので、生の情報が入るからありがたかった。


診察で歩き方を見てもらうと、「この子はヘルニアじゃないな」と速効診断を下す先生。
てんかんの薬をずっと飲んでいることと症状の経緯を聞いて「足が動きにくい原因は、脳から来ているのかもしれない」というのでCTをとることになった。

結果は、何かしらの脳の炎症が過去のある時点であって脳が萎縮している。頭蓋骨と脳の間がすかすか空いていて、脳の萎縮が始まっているよ。水頭症。人間で言えば認知症みたいな状態」という診断だった。
ただのてんかんだと思っていたのに結構すごい病気だったわけだ。

そこから抗てんかん薬の種類を変え、ステロイド治療を始めるとハリーはみるみる元気になって、ぐらぐらしていた後ろ足もしっかりし、散歩で気持ち良く走るようになった。この先生はすごい!と思った瞬間だ。

その腕を頼って、遠くの県から来る方も多い。

ただ一つ、問題だったのは、院長がパワハラ医師だということ。

動物への愛があふれすぎるあまり、
間違った診断を下した他の獣医を罵倒するし、
気づかない飼い主を頭ごなしに怒る。

他院で金儲けに走る獣医も、徹底的に叩く。
時には他院に電話して、「以後この犬はうちが診る!!」と宣言したりしてる。
話の内容も大声だから全部聞こえる。
その迫力たるや、ものすごい。

とにかく病院中に響き渡る声で、ハリーがおびえるぐらいなのだ。

初回、夫と二人で行って、その横暴な姿に絶句して帰宅した。
次に行くかどうか迷った。でも、乗りかかった船。すごい先生なのはわかる。しばらくがんばってみようと通い続けたら、いつの間にか慣れたのだ。
あはは、また誰か怒られてる。洗礼を受けてるねという程度に感じられるようになった。

そして、とある診察中に私がフィラリアの薬をまだ飲ませているのがバレてしまい、
先生激怒。まずい、逆鱗に触れてしまったと気づくがもう襲い。
フィラリア薬と予防接種は不要という主義なのだ。
この二つが一般的な獣医の主な売り上げだが、「あんなもん犬の体には毒だっ」という主張なのだ。

私が「うちのこ、山も登るから、やはり予防しないと」と言えば、「うちの病院は40年もフィラリアで死んだ子がいないんだ。このくらいの犬なら5匹、10匹いたって死なないよ。あれだけ飲ませるなって言ったのに、がっかりした!!!」

(帰りがけに待合室にいた飼い主さんに聞いたら、この病院勤務医の犬が予防せず、フィラリアで死んでいるんだって)

ハリーは院長の大声におびえて私につかまってがたがた震えるし、
何か言えば逆鱗に触れたら10倍になって返るので「はい、はい」と私も低姿勢でいくしかない。

遠いから地元の病院に戻りたいと申し出れば、

「はっきり言って、うちは他のところより10倍はいいよ。ここに通えば長生きできるよ。下痢なんかしたってほっとけば治る。薬だって1種類しか出してないでしょ」とすごい剣幕。笑

めちゃくちゃ自信家です。

複数の医師がいる病院で、スタッフだって、もたもたしているとどなりつける。でも、その圧倒的な技術を頼って先生たちはついてくるし、なじみの患者さんから大量の差し入れが届くという。

私は初回の洗礼は通過したが、1年後にぼろが出たかたち。
内服薬が切れる2カ月後、どこの病院に行くかなあ。

ちなみに、あんな怒りんぼの医者には絶対行かないという人。
現場で泣いちゃった飼い主。
怒鳴られてうつになり、でも治療が受けたくて通って、地元の動物病院で話を聞いてもらい自分をケアしてもらっている人。
先生とため口の常連さん。

いろんな人が通う不思議な病院です。

帰り道はちょっとブルーだったけれど、夜には夫と笑い話になっていて、打たれ強くなったなと自分でも思う。

後日談としては、1年以上かよって、遠かったし、行くと私の気分が落ちるので悩んだ結果、
最終的には地元で、ちゃんと意思疎通が図れる、相性のいい先生のところで最期まで診てもらいました。

この恐ろしい先生は誰?!と検索したくなるだろうけど、2016年に書いたものなので現在の様子は知りません。
病院探ししないでね。お約束。

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