Windowsをアップデートしたら

スピーカーが行方不明になって

3日間、聞こえないパソコンで過ごしていました。

 

トライすること数時間

 

メーカーのサポートに連絡途中で

なぜか解決して幸せいっぱいの私です。

 

♡♡♡

 

完璧主義って

なんだか響きがいい言葉に聞こえませんか。

 

「その道を究める」みたいなイメージが浮かぶし

極めた人ってかっこいいですよね。

憧れます。

 

でも、実は日常では、

この思考が邪魔をすることが多いのです。

 

かくいう私も完璧主義だなと

自分のことを思っていたのですが、

 

完璧なんてなれるわけがないとも

知っていました。

 

わかっているのに

この程度ではダメ。

もっと頑張る!といって

 

いつまでも何かを披露することもなく

自分だけでちまちまやっている状態に

なりがちでした。

 

完璧じゃないと進めないのは

「ただの自己防衛」だそうです。

 

恥の文化が日本にはありますからね。

 

ダメな自分、うまくできない自分を

人に見せるのが嫌すぎるというわけ。

 

じゃあ、どの程度まで行けば

人に見せていいのでしょうか。

 

基準がわかりませんよね。

 

結局、完璧主義があると、

どこまで行っても

まだ足りないとなりがちです。

 

失敗は悪いことじゃないのです。

 

完璧になりたいと思うとき

気持ちの矢印は、自分の内側に向いています。

 

完璧主義と思いつつ

実は、自己防衛になっているんですね。

 

このような完璧主義の人が

実は9割だそうです。

 

これは起業家の椎原崇さんが

多くの人を見てきて感じたことだそう。

 

もちろん私もそのうちの1人です。

 

コーチングやカウンセリング

学んだことは、ひっそりと隠して

あまり使えていません。

 

矢印が外側に向いていたら人の役に立てるし

ベストを尽くして

何度も改善をしていけば

よりよい方向に向かえるはず。

 

だから、本来、完璧よりも

ベストを尽くしてあれば

出していいのです。

 

うまくできるようになるまで

笑いながらチャレンジすればいいのです。

 

失敗は楽しいんだ~

 

こう言いながら

チャレンジしていきたいですよね。

 

恥をかきながら向上していきましょう。

自戒を込めて。

 

完璧じゃなくても

やってみることで得られることはたくさんあるはず。

 

「これはテストだ」と思えば

ベストを尽くしてやったことを

披露していい。

 

力を抜いて試していけたらいいですね。

 

今日も「力を抜く」が裏テーマになりました。

 

 




自分の思いをしっかり記録していると

たまに過去の文章を読んで

自分は変化してきたなと感じることがある。

 

3~4年前は

人の目が異常に気になって、

どう思われているんだろう。

 

そればかり考えていた。

 

これは仕事でお付き合いがあるクライアントの

ことではなくて

純粋に自分の周りにいる人たちのこと。

 

家族とかサークル仲間とか

友人とかのこと。

 

八方美人という言葉があるけれど

人間、全方位にいい顔なんてできないわけです。

 

20代の頃、学生時代の友人に懐かしい電話をしていたら

夫が帰ってきたから電話切るね

の一言で、楽しい会話が終わってしまった。

 

ないがしろにされたようで

悲しかったのです。

 

でも、それは久しぶりに電話してきた私という存在より

ご主人がその子にとって大切だったということ。

 

今だったら当然だと思います。

だって、いちばん身近で彼女を守り

支えてくれる大好きな夫が帰ってきたら

笑顔で迎えたいじゃない?

 

逆に、外向きにいい顔する人も結構いるわけで、

そう考えたら、その子は

いちばん近しい人を大切に考えて生活していて

とても家族思いで

きっと家族仲はいいに違いないなと思った。

 

事実、その子の年賀状はいつも

家族の話題であふれていて

成人しても結婚しても

子供とご主人がそろって写真に写っている。

 

私との会話が短くても

彼女は大切な家族を守っていたわけ。

 

そこがわからない私は

まだ結婚していないこともあり

そのとき家族のありがたさが

わかっていなかったのでしょう。

 

小さな一例ですが

日常で起こる出来事に自分で優先順位をつけて

宝物を守っていく。

 

これこそが自分の軸を決めていくことだし

幸せに直結しそうだなと感じました。

 

そして私はここ3~4年で

自分にとっての価値あるものに

かなり敏感になれたし

心を優先できるようになってきて

とても嬉しいのです。

 

それとともに変な罪悪感も減って

平和な気持ちの時間が増えているようです。

 




認知症になったわけじゃないんです。

 

私はもともとフリーランスで

土日が関係ありません。

 

その上で夫が退職して

今まだ次のお仕事への待機期間でもあるため、

最初に曜日感覚がなくなってきました。

 

今日何曜日だっけ?が、パッと出てこない。

 

今日は水曜日ですよ。

 

そうしているうちに、

特に用事が入っていない日が何度が続いたら

2人して日にちもわからなくなってきました。

 

笑

 

これはさすがにまずいということで

現役40代の人に相談したら

羨ましいと言われました。

 

時間がいっぱいあるってことだねだって!

 

確かに時間セレブと言えるかもしれない。

 

あることを喜んでいるのが大切でしょう。

欠乏感ばかり見ないこと!

 

わたしはこんなこともある。

これもこんなことも持っている。

 

そしてあるものをしっかり数えて

豊かだなぁと思うことで、

自分の豊かさの天井が外れていき、

今心地いい上に

さらに何かを積み上げていくことも

できるようになっていくのです。

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自分らしく生きていいと思えるようになると

肩の力は抜けていく。

 

力まずにいるほうが

結果としてやりたいことに手が届くようになる。

 

自分らしい魅力でいいんだよと

腑に落ちたら、かえって叶うことが増える気がするんだ。

 

まだ理解が進んだだけで

行動には移せていないけれど、

 

常識的にはこうとか

理想はこう、

ということに縛られると

そんなの無理という気持ちが同時に湧いてきて

全然動けなくなる。

 

ああ、私ってダメ人間と思いがちだったんだ。

 

でも、違うんだよね。

 

こんな私だけど、

それで生きていっていいし

こんな私が自然体でできるやり方でいいと

自分に許可が出ると、

行動したくなるという

不思議なことが起きるはずなんだ。

 

ここまで推測でしかないけれど

60歳過ぎてここが腑に落ちてきただけで

人生残りの時間がかなり楽しくなってくるに

違いない。

 

眠すぎて倒れそうな午前1時前。

興奮気味に、この気持ちを残したくて書いている。

 

今夜はぐっすり眠れそうだ。

 

そこにいてくれるだけでいい。

姿が見えると安心すると

言われていた時期がある。

 

そのときは

私がいるだけで何もしなくていいなんて

どうせ私は役立たずですよ!!!!

そう卑下していたし

言った人に腹が立っていた。

 

でも、今自分を認めてこられた私が見たら、

「いるだけでいい」は最上級の褒め言葉だった。

 

ありがたすぎる。

前から私の存在は尊かった。

 

私だけじゃなくて

きっとこれを読んでいるあなたも、

誰かにとっては

「いてくれるだけでありがたい存在」

なのだと思う。

 

おやすみ



部屋の片付けをしていたら発見したメモ。

 

大分前になるけれど、ボイストレーナーさんから

歌うときの発声のコツを聞いたときのメモだった。

 

今も私は週1で地元サークルで歌っているから

ありがたくメモをここに転記しておく。

 

どなたか歌う人のお役に立てたら幸いです。

 

★年を取ったら声が低くなる人もいるが、

「地声が低い=高音が出ない」ではない。

 

★山びこをするときの声

遠くに見ていた船に無人島から助けを呼ぶ声

この2つが人に届く声になる。

 

★頭と首の境目から流れるベルトコンベアのイメージ

紙一枚の薄い、後ろに伸びているところに声を当てる

 

★目の前にある扉を押してこじ開けるイメージ

 

★声を混ぜるというのは息の使い方を逢わせるイメージ

 

★テンションを上げると声も上がる。

 

★発声するときは考えない。

体で感じること。

 

解剖学的な説明方法もありますが

現場で声楽の先生たちは

こんなふうにイメージで伝えることが多いですね。

 

これでも声は変わっていきます。

 

歌う人じゃないと疑問符が並ぶだけかもしれないけれど、

分かる人には分かるということで

メモを置いておきますね。

 

自分用の備忘録で失礼します。