4千年前の牛込台地住民
先日、市谷薬王寺町から裏千家東京出張所のほうに歩いていたら、坂を上りきったあたりで工事用シートに囲まれている一角が目に入った。告知文を見てみると、縄文時代の住居跡などを発掘しているとのこと。こんな高台にも縄文人が住んでいたんだ、と思ってその時は通り過ぎた。今朝になって、下記のようなニュースを目にした。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130130-00000188-jij-pol■新宿で縄文時代の人骨=4000年前、11体分確認時事通信 1月30日(水)22時5分配信 東京都新宿区は30日、同区市谷加賀町のマンション建設予定地で約4000年前(縄文時代中期~後期)の人骨を発見したと発表した。人骨は少なくとも11体分あり、一部は保存状態も良好だという。区文化観光課は「酸性土壌の武蔵野台地で縄文時代の骨が残っていたのは極めて珍しい」としている。 ニュースを見てさっそく現地を再訪してみたけど、すでに発掘調査の告知文などははがされていた。マンション建築の案内しか残っていない。ここが発掘現場だと気づかない人も多いのではないだろうか。私の認識では、飯田橋駅と市ヶ谷駅と牛込柳町駅をむすぶ三角形の中の中にある高台は、地盤の安定した高級住宅地。住んでみたいエリアのひとつ。派手ではないけど、落ち着いたたたずまいの家も多い。茶道具の「やました」の向かいにあるマンション建築予定地も、以前は黒い板壁の雰囲気ある大きな古民家があり、緑も豊かだった。歴史を感じる威厳のある建物だったけど、道沿いに危険防止の黄色と黒のまだらのロープを張っていることもあった。維持管理が難しかったのだろうか。大木も歴史的建造物もすべて取り除かれ、更地になってしまった。グーグルマップでは、まだかつての様子を見ることができる。新宿区市谷加賀町2-5-20https://maps.google.co.jp/maps?q=%E6%96%B0%E5%AE%BF%E5%8C%BA%E5%B8%82%E8%B0%B7%E5%8A%A0%E8%B3%80%E7%94%BA2-5-20&hl=ja&ie=UTF8&ll=35.698378,139.727799&spn=0.000017,0.006566&sll=35.698246,139.727738&layer=c&cbp=13,170.49,,0,4.92&cbll=35.698378,139.727799&gl=jp&brcurrent=3,0x60188cf767e34ffd:0xd995abe7ae5af2b9,0&hnear=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E6%96%B0%E5%AE%BF%E5%8C%BA%E5%B8%82%E8%B0%B7%E5%8A%A0%E8%B3%80%E7%94%BA%EF%BC%92%E4%B8%81%E7%9B%AE%EF%BC%95%E2%88%92%EF%BC%92%EF%BC%90&t=h&z=17&iwloc=A&panoid=e1Oa7OoCpPyVvQ-KYsMOXgそれにしても、なぜ埋葬された縄文時代人の骨は溶けていなかったのだろう。土壌がアルカリ性だったのだろうか。高台にあったため、火山灰が風雨に流され、古く固いアルカリ性の粘土質地面が露出していたのかもしれない。また。水辺から遠い高台に遺跡があることを不思議がる人もいるかもしれないけど、意外ではない。新宿区市谷加賀町2-5あたりは牛込台地の端に位置し、西側の坂を少し下れば牛込柳町の谷に出る。かつて自動車の排気ガスがたまることで問題となった場所にも近い。この南北にのびる谷は、かつては沢になっていて、江戸川橋のほうに小川が流れていた。http://www.shinjuku.ed.jp/es-edogawa/about/newdir0/rekisi1.html縄文時代の人たちは湿気がたまる小川から少し離れた高台に居を構え、小川で水を汲んだり魚を取ったり洗い物をしたりしていたのだろう。遺跡跡には三菱地所が地上5階、地下1階(高さ15メートル)のマンションを作る。このような、縄文時代に人が住んでいたところは、住むのに適した場所だと思う。縄文時代や弥生時代には日本列島中に土地がありあまっていた。その中から、当時の住民は一番住むのに適しているところを選んで住み着いた。そんなところが住みにくい場所であるはずがないと思う。