何日間かですぐ部屋の角にはホコリがたまる。
すっぴんで一日中家でダラダラ過ごしていても、
体から老廃物がでて気持ち悪くなる。
それと一緒で、自分の思考や感情といったものも、
知らず知らずのうちに吹き溜まりになるもんですね。
というのも、昨日からこの吹き溜まりに振り回されたからなので。
あることを目にしてから、
ある焦りがとまらなくなっていました。
それが本当のことかが分からないけど、
それが本当だったら・・どうしようという心配と、
起こってもいない出来事を想像する思考が頭をかけめぐりました。
さらに、それに対する感情まで見事に再現する始末(~_~;)
あまりにイッパイになりすぎて、
その不安からの行動をするギリギリのところまでいきました。
でも、ふと待てよ、と。
頭をよぎりました。
不安からの行動は、
その不安を煽るような答えしか返ってこないぞ、と。
自分の発したものと、同じものが返ってくるだけだと。
ちょっとひと呼吸して、
自分を中心に戻してくれるおまじないをしました凸
そしたら、本当にスッキリ。
あの悶々と頭を駆け巡っていたもの、
ケッ( ̄▽ ̄)て思えるくらい、ケロッとスッキリ。
自分が中心に戻ればなんてことない。
戻ってみれば、無意識にいつもの思いグセやリアクションのホコリが溜まっていただけなんだと気づける。
自分とのお付き合いが
昔と比べてだいぶ上手くなってきたな~と、
ちょっと嬉しくなりました。
さてさて、自分がスッキリすると、
目に映る世界やメッセージもなんだかクリアーにやってくる感じがします。
さっきやってきたことが、
「そこにあるモノと、私の見ているモノは同じですか」という文章。
これは、ある新聞に書いてありました。
これに関連して、こんな話を思い出しました。
この急須の写真をみてください。

どんな風に感じますか?
どこにでもある急須に見えますか?
ある人にとっては、つまらない急須。
だけど、ある人にとっては、色具合にとても心惹かれる急須なのかもしれません。
ある人は、小さい頃にお母さんの大切にしてた食器を割った苦い経験を思い出すのかもしれません。
そして、分析したがりの人は、この急須がどんな素材でできているかを考えるのかもしれません。
このことから、
目の前に同じモノがあっても、
全ての人が同じモノを見ているわけではないことが分かるし。
ただ目の前にあるものに対して、
いかに自分の色メガネで判断しているか、
さらにどれだけリアクションしているかに気づきます。
全部その人たち自身にとっては真実で、間違いではいない。
でも、ただ目の前にある現実も、その人が見ているものによって
全く違うものになるし、それが人生を作っているのだと思わずにいられません。
「思考が現実をつくる」とは、このことやな~と思います。
たぶん、
いや確実に・・
数時間前の私は、今回の出来事に完全にリアクション(反応)していただけなんだけど。
これに気づけば、新しく自分の在り方を選択して行動するRe-action(再び行動する)とレスポンス(応答)に切り替えられるのダ!
なんて、マインドフル稼働で妄想しつつーのなんですが。
長々と書きましたが、
ぐちゃぐちゃしたら原点に戻って切り替えろ!
ってことを言いたいだけなんですσ(^_^;)
まー、まずは今回やってきてることから、
思いにとらわれずにアクションしていくぞーと決意す( ̄^ ̄)ゞ

