私事だが御茶ノ水
私は約10年前、御茶ノ水にある予備校に通っていたのだが、なぜか当時、ニコライ堂にも湯島聖堂にも行かなかった。両方とも、今日初めて行ったのである。
ついでに当時通っていた予備校にも行ってきて、ほぼ当時のままの校舎を見てきた。私は予備校時代にけっこう苦労して、かなり「いっぱいいっぱい」な感じで過ごしていたのだが、今になってその場所を見てみると、何のことはない所だった。もちろん懐かしさや思い入れみたいなものも感じたのだが、それ以上に、こんな「小さな」場所にあれほど圧倒されていたのか、という意外な印象が強かった。
私は予備校時代から東京に出てきて、それ以来一人で勉強を続けるという生活がずっと続いているので、現在の私にとって、この予備校時代が原点なわけである。さらに東京生活、一人暮らし、学問といった点だけでなく、これ以後は高校時代以前のように何らかの仲間のグループに属するということがほとんどなかったし、精神的に危うくなる経験というのも、高校時代以前はなかった。将来に向けて、月単位、年単位、五年単位くらいでそれぞれ「スケジュール」的なものを意識して行動するようになったり、毎日の生活をいちいち合理的にコントロールしようとすること――こういう息苦しい愚かさが改善されてきたのはここ数年のことで、まだ完全に抜け切ったわけでもないのだが――も、この御茶ノ水に通っていた頃から始まったように思う。一言で言えば悪しき完璧主義という感じなのだが、それは一方で、ひたすら純粋に夢を追った、ということでもあった。いずれにしても、良かれ悪しかれ、御茶ノ水に通った頃が今の私の原点であって、それを改めて振り返るのは非常に興味深かった。
それにしてもこのニコライ堂や湯島聖堂というのは非常に立派な建築物で、湯島聖堂も含め、よく日本にこんな異国的なものをこれほどの完成度で立てられたもんだ、と強い印象を受けたのだが、もっと意外なのは、先ほどの話と同じく、なぜこれほどのものを、この御茶ノ水に通っていた時に見に行ってなかったのか、ということである。時間的に余裕がないわけはないので、精神的な余裕のなさということなのだが、そこまで弱かったのかということを、ここでも理解させられた。
あの頃から約10年経って、自分はあの頃よりもずっとタフになって、余裕も出ていることがわかったのだが、しかし同時に、当時のその「余裕のなさ」を理解したことによって、その頃と正反対の人間になったわけでもない今の自分に依然として残る「余裕のなさ」がどのような類のものなのか、ということも、イメージとして理解出来たように思うのである。といっても言葉でそれを表現出来るほど理解したわけではないが、漠然と表現してみれば、自分にとって必要なことと、自分が必要だと思っていることというのは、必ずしも一致しないんだということ、不安というもののほとんどは疑心暗鬼から来ていて、実際にはそれほど存在しないんだということ、主観と客観というものの間には凄まじい違いがあるのだということ、といった感じと関連しているのである。

