野村と星野
タイガースの近年の歴史の中で、二人のいわば「外様監督」による時代――野村の3年間と、星野の2年間――は重要である。周知の通りタイガースは2003年に、18年ぶりのセリーグ優勝を達成したわけだが、その2003年の劇的な優勝に至る過程は、1998年のシーズン終了後に、野村が監督に就任したところから始まると考えてよい。ここから、いわゆる「ダメ虎」からの脱却が始まったのである。といっても、もちろんこうした意見に対して異論もあると思われ、野村の前にも吉田義男さんという大人物を監督としていたのだから、それまでも球団の中に何らかの変革の意思があったことも確かである。しかし、伝統志向が決して弱くはないこの球団で、前例の少ない外様の名監督を抜擢した98年オフの時点は、やはりタイガースが大変革に動いた「区切り」として捉える意味が大きいと思われる。そして、星野の後任で、生え抜きの岡田時代が始まった時には、もはやタイガースは誰も「ダメ虎」などとは呼ばない、優勝争いの常連となっていたのである。そういうことで、この野村・星野時代は、一つの変革の時代として捉えることが出来る。
この野村と星野の二人だが、いろんな意味で好対照であると言える。まず、この阪神監督の時代の実績が、野村は3年連続最下位であった一方で、星野は初年度こそ4位に終わったものの、2年目に凄まじい勢いを見せて優勝を遂げている。また、阪神監督としての二人の取り組み方も好対照である。野村はあまり外部からの人材の登用を行わず、むしろ現状のメンバーのまま、作戦面・精神面を重視して変革を試みた。星野は大胆なリストラと外部の人材の積極的な登用によって、野村よりも遥かに具体的で、結果を重視した変革を試みたといえる。そして、この二人の「キャラ」というのも好対照である。マスコミから流れてくる野村の人物像というのは、陰険で、暗く、地味である。一方で星野は、激情型で、社交的、派手、といったイメージで捉えられる。この二人同士の関係がどういったものかについては噂があまりないが、野村は星野の監督ぶりを評価しているようだから、少なくとも悪い関係ではないようである。
そういった二人であるが、この変革の時期の中で、結果として、野村はその変革に失敗し、星野は成功した、とは言えるのだろうが、しかしだからといって、一般にイメージされている人物像の通り、野村が堅く保守的であり、星野がそれよりも自由で柔軟な発想の持ち主、ということは出来ない。恐らくは、それはむしろ逆である。詳しくは書かないが、クイックモーションや「ノムラスコープ」の発明といった技術革新を次々と生み出し、新たな世界を切り開いてきた野村に比べ、バントを駆使し、あまり多様な作戦に挑戦しない星野の手法は極めて堅実である。また私としては、普段話す言葉を聞いていても、一見したキャラクターとは裏腹に、野村は非常に純粋で素直な性格で、星野は冷静・狡猾で、世渡り上手な人物に見える。両者の間に優劣を見出そうとするわけではないが、強いて言えば、野村は理想主義者であり、星野は現実主義者である、と言っていいのではないか。もっと大胆に言えば、野村は学者であって、星野は政治家なのである。いずれにしても、両者は強烈な個性の持ち主なのであって、たとえ阪神の伝統と整合しない部分があるにしても、彼ら二人のリーダーシップによるあの時代は、やはり偉大な時代だったのである。