ここ数年、目にするたび、耳にするたびに違和感を覚えてきた日本語があるのですが、先日は日本経済新聞電子版にその言葉を使ってあるのを読みました。
一部抜粋します。
日経メディカル編集部は、「医師は自分自身の花粉症の治療のためにどんな薬をチョイスをしているのか」アンケート調査した。というものです。
これまでは「チョイスする」という形が多かったように思いますが、今回はご丁寧に「チョイスをする」と「を」付きです。
いえ、別に正しい日本語を正しく使いましょうということが言いたいのではありません。まぁ、それも言いたいけれど、皆さんのご指摘を受けるまでもなく、日本語はもともと外来語を取り入れて豊かになった言語であることは承知しています。古くは中国語を、明治以後は主に英語を日本語に取り込んで、表現力を豊かにしてきました。それはわかります。わかりますが、この「チョイスする」だけはどうにも気持ちが悪いのです。
動詞であれば「チューズする」ぐらいならまぁ何とか目をつむる努力をしてみますが、「チョイス」という名詞に「する」をくっつけて「選ぶ」という動詞として使うのは、たとえば「選択肢する」というぐらい奇妙な感じがしてしまうのは私だけでしょうか?
おそらく最初に「チョイスする」という言葉を使った人は「選択」を辞書で引いて品詞はお構いなく、最初に出てくるselection は長いので次にあるchoice を採用し、後ろに「する」をつけたのではないかと想像しています。けれどもそれをカッコいいと思ったり、真似してみようと思った人が多かったからこそ今まで生き残ったのでしょうね。
それに怖いことに、私もこれに慣らされたのか、最初にこの言葉に遭遇した時に感じた違和感が、だんだん薄れつつあるような気もします。こうして日本語は新たな言葉をどんどん呑み込みながら変化していくのでしょうね。日本の人に「最近では、そういう言葉を使う人はいませんよ」と言われないように、アメリカ在住組も変化に敏感でいたいものです。