理転編入記~社会の荒波の中で〜 -28ページ目

理転編入記~社会の荒波の中で〜

文系学部にいた平凡大学生が理系学部に編入し、悪戦苦闘しながらも無事卒業。現在は、社会人として、これまた関係ない分野で日々悪戦苦闘中。

何もない一日であった。


朝、起きて、ぼけーとテレビを見ながら、時間が過ぎ、少しゲームをやっていた。


そこから、以前良い対応をしてくれた、服屋のお姉さんに会いたいと思い(買うものもあったという名目で)、その店へ向かった。


最初、お姉さんはいなかったので、昼休みかなと思い、少し外を散歩した。


平日の何もない公園で、少しぼーっとしていた。


その時思ったのは、「こんな日常は来年から40年以上ないのか」ということである。


社会人になれば、平日の昼間は忙しく過ごすことになる。


もちろん学生もそうなんだが、大学生というこの猶予期間は平日から暇なことが多い。


この何とも言えない、時間が無だなようで好きだ。


この時間が永遠と続いてほしい。心の中で考える。


時間が少し経過して、再び店に入ってみた。


さっきはいなかった店員がいたので、多分あの人なんだろうと考えたが、おなじみの人見知りが働いて、こっちから声をかけることができなかった。


すると、近づいてきた店員さんが、「あ!こんにちは!旅行どうでしたか?」と声をかけてくれた。


最初、覚えていない可能性もあると考えていたため、素直に嬉しかった。


笑顔の可愛いその店員さん(Kさんとする)とは、以前話す機会があり、その時に北国旅行についても話していたのだ。


初めて会った人には、割と気さくに話す自分であるが、二回目はどうも苦手である。


今日も、いまいち話すことはできなかった。


まあ、向こうも接客として話しているわけだが。


そんなこんなで服を買った。


帰り際に、「いつもありがとうございます!」と笑顔で言ってくれた時も嬉しさを感じた。



なんだろうか。



Kさんは、好きではないかもしれないが、ふと気になる存在、また会いたくなる存在である。


あの笑顔に癒されるのと、自分が普段女性と話す機会が少ないとめ、新鮮に感じるのかもしれない。


何もない日常の中のささやかな幸せである。





話は変わるが、自分は「ストレスや悩みが今少ないな、何かあったっけ」と感じる瞬間がとても好きである。


この感情は、小学生の頃、良く感じていたのを覚えている。


ただ、大人になっていくにつれて、この感情を感じることは少なくなった。


悩みはどの時代にも抱えているが、20を越えて、最近は責任感というプレッシャーも増えてきた。


特に、これから社会に出て、様々な責任を背負うと考えると、とても嫌な気持ちになる。


もちろん生きていくためには、それが必要であるが、不安である。


小学生の時に感じたあの感覚は、もう思い出せないかもしれない。


ただ、そういう幸せなときがあったことだけでも、心の財産なのかもしれない。