この春から浪人生のクラスを持つという
気持ちがわかるから適任らしい
講師のバイトが大好きなようで
医者にならずに講師になりました!
そんなことになったらどうご先祖様に説明したらいいか・・・
浪人生のクラス
気持ちがよくわかっているから適任だと思うが
彼は自分のうけるネタと言うものを用意していて
進学クラスにそれを使ったらうけなかったと教えてくれた
どうすればもっとひきつける授業ができるかと
それなりに悩み私に相談してくるが
塾講師も研修講師も共通点はある
(違う部分はたくさんある)
だいたい息子が間違っている点が1つ
勉強を教えるとは
講師が前面にでる必要などない
生徒は
それも難関の大学を目指す生徒なら
授業が分かりやすくて、自分にとって効果的なら
どんな人であろうが構わないはずだ
自分に関心を集めようとしてはいけない
それは講師の感情の自己満足になる
講師も生徒も
感情でどうのこうの動くようでは
また
感情であーだこーだと動くことになる
例えば
講師の顔が嫌いだ
講師の声が嫌いだ
講師は男性がいい、女性がいい
そんなことでやる気が左右されるようでは
次から次へと
感情の処理ばかりに時間を使い
肝心な部分が疎かになることに
気がつかなければならない
講師が
話しがウケたからやりやすい
反応がいいからやりやすい
それは素人の仕事の考え
プロとは
必要なことを伝えるときは
相手が無反応でも同じ内容をやりぬく
相手の反応を期待してはいけない
一々計算に入れることはできない
反応なんてそう当てになるものではない
反応より
役立つと気がついたかどうか
これをやったら自分が、企業が変わると気がついたかどうか
やる必要があると気がつくかどうか
やらなければならないと思うかどうか
相手の顔色を見てウケだけに走り
喜んでくれる内容に変えるなら
それは
相手に必要なことを伝え損ねる可能性がある
楽しかった
気持ちがよかった
やる気になった
とは
感情の満足だけになっていないか
本当に役に立ちそう思ったのか?
役に立つ、ためになるとは
時として嫌な感情を伴うこともある
楽しかったなど
自分の好み
自分の快刺激が刺激されただけかもしれない
ここは注意しなければならない
相手の感情を害したとしても
相手に必要なことを伝えなければならないことはある
反応がいい=相手が喜んでいる
とも限らない
無反応でも<高く評価
する場合だってある
あとからジワっと思い出す場合もある
大切なのは
相手に本当に必要なことを提供し続けること
なのだと思う