今から6年前、インドに一人で旅をしていた頃、 バラナシのガンジス川で泳いだ事があった。
バラナシはインドの死者を流す川であり、ガートと呼ばれる岸では毎日のように亡くなった人の遺体が焼かれていた。
そのガンジス川で沐浴をすると、カルマをも流すと信じられており、毎日多くのインド人が川で沐浴をしていた。
不思議と観光客が沐浴をしているのはあまり見たことはなかったが、「私も一度沐浴をしてみたい」と思い、ホテルの人に頼んでボートで向こう岸まで連れて行ってもらった。
あとで人づてに聞いたが、向こう岸は「死の岸」と呼ばれ、、遺体を流したものが流れきれずにむこう岸に残っていたのだ。
遺体を避けた場所で私はインド人に教えられるがままに沐浴をした。意外に川の水は澄んでいて気持ちが良く、泳いだあとスッキリした気分だった。
所が、バラナシをあとにして、2.3日後、私の体調はだんだん怪しくなり、アグラーという街についたときには、高熱と下痢の症状でダウンしてしまった。
ホテルの人が私を心配してドクターを呼んでくれ、私はすぐにホテル入院となった。バラナシでの沐浴が原因だったのは言うまでもない。おそらくあそこの川でのバクテリアや細菌が体に入り込んだのだろう。インド人は免疫があるので、大丈夫なのだとか。。
私は体に濃厚なインドの抗生物質とブドウ糖の点滴を受け、3日間そのホテルで缶詰になった。途中、点滴の管が入らなくて、医師に無理やり太い針を入れられ、痛くて泣いたのを覚えている。
そのホテルには約5日ほどいただろう。回復してから、ホテル主人から日本人の書いた情報ノートを見せられた。
不思議とその情報ノートの多くはこのホテルで具合が悪くなり、私のようにこのホテルで入院した人の、手厚い看護を受けた感謝の言葉がいくつか書かれていた。私はその時、少しの疑惑を抱いたが、このホテルで食事したりもしていないし、なに一つ原因になることはしていない。
深く考えるのはよそうと、この原因はバラナシの沐浴のせいだと思うことにした。
ホテルの主人が最後バスの停留所まで見送りに来てくれ、入院費の他にお金を渡したが、金額が少ないことにすごく腹を立てていたのを思い出す。最後はなんとも後味悪かったが。。
それは、さて置き、私はそのあと、アグラーを出て、ラジャスターン州のプシュカルと言う街にむかうことにした。
入院時の大量の抗生物質のおかげで、頭が痛く、体もふらふらだった。
プシュカルと言う街は山の自然とそばに湖があり、静かでのんびりしたところだったので、私はしばらくそこで療養することにした。
小さなかわいらしいコテージを見つけて、そこを療養の場とした。(1泊100ルピー当時で300円)
コテージから街まで歩いて10分の所には観光客用の店がごった返していた。暇あればそこまで散歩をして退屈することはなかった。
ある日、街の看板で「Reiki]と言う文字が気になり、レイキというのはある種 目に見えない気の療法と言うことだけは知っていたが、もしかしたら、自分の体調がすこしでも良くなるのではと思い、その「Reiki」療法を試してみることにした。
あるホテルの一角にその先生がおり、一目彼に会ったとき、なんだかインドのサドゥー(祈祷師)みたいな風貌だなと思った。
一方助手である彼の息子さんは全く普通の現代風インド人だった。
私は興味本位で彼の施術を受けることにした。
まず彼に頭痛の症状のことを話した。施術に入る前に、大きなクリスタル水晶を両手に持って、私の体の周りに回し始めどこが悪いかチェックしていた。
そして、体一つ一つに手を置き始めた。なにやらエネルギーを送っているようで、私の体はぽかぽかあったかく、
気持ちがよかったのを覚えている。
約1時間の施術が終わり、不思議と私の頭痛は少し軽くなっていた。
そのReiki師はあと2回来なさいと言った。
料金は確か1時間で500ルピー(1500円)。かなり迷ったが、たった1回でかなり体調が良くなっているのと、
完全にまだきえていなかったので、もう一度来ることにした。
そして2回目に施術をしてもらったときは集中的に頭にエネルギーを送っていた。先生は私の頭にまだパルス(完治していないというしるし)を感じると言っていた。
が、、2度目の手術のあと、私の体は完全に回復していた。ほぽ普通の状態にもどってていた。
先生は「あともう1度来なさい。」と言った。
この驚異の効果でますます先生に興味増し、もう一度先生の所に通った。
いつものように体全体に先生はエネルギーを送り、先生も「すっかり良くなった」と言っていた。
3度目の施術が終わり、私は体がすっかり回復しただけではなく、妙に心の中も元気になっていたのを感じた。
なんだか楽しくてテンションが高くなっている自分がいた。
その時、「Reiki]ってすごい!と思った。
先生はReikiのワークショップも開いているらしく、観光客にReikiを教えているらしかった。
ちょうど私の施術のあとにワークショップがあり、何人かの西洋人の生徒が来ていた。その中に偶然にもこの街に向かうバスの中で知り合ったカップルがいた。
私もそこでそのワークショップに参加をすればよかったが、先を急いでいたため、断念し、その街をあとにした。
しかし、その後、私はインド滞在をもう半年延長することになり、一人でネパールに行き、延長ビザを取得してからインドのダラムサラというところでに滞在をした。
そのときに、偶然にもそのReikiの先生にパッタリと会った。
ダラムサラでは他のReikiのワークショップを受けたあとだった。
先生は私のことをよく覚えていてくれた。インドではこのように、何かのつながりでいろいろなことが起こり、ぱったり何かに出会ったりすることが多々あった。そこがインドのおもしろいところだった。
このReikiの先生とのできごともその一つだったと思う。
そこで出会ったReikiと言うものがただの療法ではなく、何かのつながりで私の前にふっと現れた、なにか特別なっものだったと思えてならないのである。
ネパールでビザが取れたあと、私はReikiを学ぼうと、あちこちで良い先生を探したが、なかなかプシュカルの先生ほどの人には出会えなかった。
ダラムサラでぱったり先生に会ったこともきっと何かの印なのだろうと思ったが考えてもわからない。
だが、インドに来て、癒すこと癒されることの大切さを本当に身を持って実感したのはこの先生のReikiのおかげだということは言うまでもない。